犬の眼の病気は、飼い主にとって非常に心配なことの一つです。涙やけのような身近な症状から、白内障や緑内障といった深刻な病気まで、その種類は多岐にわたります。愛犬がいつ、どのような眼の病気にかかるかを予測することは困難なため、飼い主さんが事前に正しい知識を持つことが、早期発見・早期治療につながります。
この記事では、獣医師監修のもと、犬が発症しやすい代表的な10種類の眼の病気について、それぞれの症状、原因、治療法、そして家庭でできる予防・対策を詳しく解説します。
犬の眼の病気1. 白内障
病名 | 白内障 |
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治療 | 点眼薬、内服薬、外科手術 |
かかりやすい犬種 | フレンチブルドッグ、プードル、ボストンテリア、シーズーなど |
どんな病気?
犬の白内障は、眼の中のレンズの役割を持つ「水晶体」が、タンパク質の変性によって白く濁ってしまう病気です。進行すると視力が低下し、緑内障などの合併症を引き起こすこともあります。
症状や特徴
犬が白内障を発症すると、以下のような症状が見られます。初期段階では気づきにくいことも多いため、日頃のチェックが大切です。
- 眼の中心が白っぽく濁って見える
- 物にぶつかったり、つまずいたりする
- 暗い場所や段差を怖がるようになる
- ボールなどを目で追えなくなる
白内障は、水晶体の混濁の範囲によって「初発」「未熟」「成熟」「過熟」の4つのステージに分類され、ステージが進むほど視力への影響が大きくなります。
発症の原因
犬の白内障の主な原因は以下の通りです。
- 加齢:人間と同じく、老化現象として発症する「老年性白内障」。
- 遺伝:遺伝的になりやすい犬種が若いうちに発症する「若年性白内障」。
- 合併症:糖尿病やブドウ膜炎など、他の病気が原因で発症する。
- 外傷:眼をぶつけるなどの物理的なダメージによるもの。
治療の方法
初期の白内障であれば、進行を遅らせることを目的とした点眼薬や内服薬による内科的治療が選択されます。しかし、視力を回復させるには、白く濁った水晶体を摘出し、人工の眼内レンズを挿入する外科手術が必要です。手術は成功率が高いですが、合併症のリスクもあるため獣医師との十分な相談が不可欠です。
犬の眼の病気2. 緑内障
病名 | 緑内障 |
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治療 | 点眼薬・内服薬による対症療法、外科手術 |
かかりやすい犬種 | シーズー、柴犬、アメリカン・コッカー・スパニエルなど |
どんな病気?
犬の緑内障は、眼球内の液体(房水)がうまく排出されずに溜まることで、眼圧が異常に高くなる病気です。高い眼圧が視神経を圧迫・破壊し、激しい痛みとともに視力低下や失明を引き起こす、非常に緊急性の高い眼の病気です。
症状や特徴
緑内障は急激に進行することが多く、以下のようなサインを見逃さないことが重要です。
- 激しい痛みを伴うため、頭を触られるのを嫌がる
- 白目がひどく充血する
- 角膜が白く濁り、霧がかったように見える
- 瞳孔が開いたままになる
- 眼球が通常より大きく見える(牛眼)
- 元気や食欲がなくなる
発症の原因
緑内障は、他の眼の病気が原因で房水の排出路が塞がれる「続発性緑内障」と、遺伝的要因などで起こる「原発性緑内障」に分けられます。特にブドウ膜炎や水晶体の脱臼などが引き金になるケースが多く見られます。
治療の方法
緑内障の治療は、一刻も早く眼圧を下げることが最優先です。点眼薬や内服薬、注射などを用いて眼圧をコントロールし、痛みを和らげます。内科治療で効果が見られない場合や、視力を維持するためには、レーザー治療や房水の排出を促す外科手術が行われることもあります。一度失われた視力を取り戻すことは困難なため、早期発見・治療が鍵となります。
犬の眼の病気3. 角膜炎
病名 | 角膜炎 |
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治療の方法 | 点眼薬、内服薬、外科的処置 |
かかりやすい犬種 | チワワ、ヨークシャーテリア、パグ、シーズーなど |
どんな病気?
角膜炎は、眼球の最も外側にある透明な膜「角膜」に炎症が起こる病気です。犬が眼を痛がるときに非常に多く見られる疾患で、炎症が角膜の深層にまで及ぶと「角膜潰瘍」となり、失明や眼球摘出のリスクも生じます。
症状や特徴
角膜炎になると、犬は痛みや違和感から以下のような行動を示します。
- 涙や目やにの量が急に増える
- 光を異常に眩しがる
- 眼をしょぼしょぼさせ、まばたきの回数が増える
- 前足や家具に眼をこすりつける
- 白目が充血する
発症の原因
角膜炎の原因は様々です。
- 異物混入:シャンプー、ゴミ、ホコリ、植物などが眼に入る。
- 外傷:他の犬との喧嘩、散歩中の草木による傷など。
- 刺激:逆さまつげや被毛が角膜に触れる。
- 感染症:細菌やウイルスの感染。
- その他:乾性角結膜炎(ドライアイ)など他の病気に伴うもの。
治療の方法
治療は原因に応じて行われますが、主に抗生物質や抗炎症作用のある点眼薬が用いられます。角膜の傷が深い場合は、眼を保護するための医療用コンタクトレンズの装着や、外科的な処置が必要になることもあります。家庭では、眼の周りの毛を短く保ち、清潔にすることが予防につながります。
犬の眼の病気4. 結膜炎
病名 | 結膜炎 |
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治療 | 点眼薬、眼軟膏、原因疾患の治療 |
かかりやすい犬種 | マルチーズ、キャバリア、フレンチブルドッグなど |
どんな病気?
結膜炎とは、まぶたの裏側から白目(強膜)の表面を覆っている「結膜」という粘膜が炎症を起こす病気です。犬の眼の病気の中でも非常に一般的です。
症状や特徴
犬の結膜炎では、以下のような症状がみられます。犬は黒目が大きいため、飼い主が白目の変化に気づきにくいこともあります。
- 白目が赤く充血する
- 涙や目やに(黄色や緑色)が増える
- まぶたが腫れる
- 眼のかゆみから、しきりに眼をこする
発症の原因
片目だけに症状が出ている場合は、ゴミやシャンプーなどの異物混入、アレルギーなどが考えられます。両目に症状がある場合は、アレルギーに加え、犬ジステンパーウイルスなどの感染症や、乾性角結膜炎(ドライアイ)といった全身性の病気が原因の可能性もあります。
治療の方法
治療は原因の特定から始まります。細菌感染には抗生物質の点眼薬、アレルギーが原因なら抗アレルギー薬やステロイドの点眼薬が処方されます。感染症が原因の場合は、その治療を優先します。眼の周りを清潔に保ち、刺激を与えないようにすることも大切です。エリザベスカラーの装着が必要になることもあります。
犬の眼の病気5. ブドウ膜炎
病名 | ブドウ膜炎 |
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治療 | 原因疾患の治療、抗炎症薬の投与 |
かかりやすい犬種 | サモエド、ゴールデンレトリバー、シベリアンハスキーなど |
どんな病気?
ブドウ膜炎は、眼球内部にある「虹彩」「毛様体」「脈絡膜」をまとめた総称である「ブドウ膜」に炎症が起こる病気です。眼の内部の炎症であるため、白内障や緑内障、網膜剥離など重篤な合併症を引き起こす危険性があります。
症状や特徴
ブドウ膜炎の症状は多岐にわたります。
- 眼の充血
- 羞明(しゅうめい):光を眩しがる
- 縮瞳(しゅくどう):瞳孔が小さくなる
- 眼の痛み(眼をしょぼしょぼさせる)
- 角膜が白く濁る
- 涙や目やにが増える
発症の原因
ブドウ膜炎の約半数は原因不明の「特発性」とされていますが、多くは他の病気に続発して起こります。具体的には、角膜炎や角膜潰瘍、犬伝染性肝炎などの感染症、リンパ腫などの腫瘍、免疫介在性の病気などが原因として挙げられます。
治療の方法
治療は、ブドウ膜の炎症を抑えることが第一です。抗炎症作用のあるステロイドなどの点眼薬や内服薬が使用されます。同時に、原因となっている病気(感染症や腫瘍など)が特定できれば、その治療を並行して行います。合併症として緑内障などを発症した場合は、そちらの治療も必要になります。
犬の眼の病気6. 進行性網膜萎縮
病名 | 進行性網膜萎縮(PRA) |
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治療 | 根本的な治療法なし |
かかりやすい犬種 | コーギー、ミニチュア・ダックスフンド、トイ・プードルなど |
どんな病気?
進行性網膜萎縮(PRA)は、眼の奥にある光を感じる組織「網膜」が、遺伝的に変性・萎縮していく病気です。痛みはありませんが、ゆっくりと視力が失われ、最終的には失明に至ります。
症状や特徴
病気の進行は緩やかで、初期症状に気づくのは困難です。
- 初期症状:夜間や暗い場所での視力が低下する(夜盲)。物にぶつかる、不安がるなど。
- 中期症状:日中の明るい場所でも見えにくくなる。
- 末期症状:完全に失明する。瞳孔が常に開いた状態になり、白内障を併発することも多い。
発症の原因
進行性網膜萎縮は、親から子へ受け継がれる遺伝子の異常によってのみ発症します。犬種によって原因となる遺伝子が特定されている場合もあります。
治療の方法
残念ながら、現在の獣医学では進行性網膜萎縮を治療する方法はありません。進行を遅らせる効果が期待されるサプリメントもありますが、効果は限定的です。発症が疑われる犬種では、繁殖前に遺伝子検査を受けることが唯一の予防策となります。視力は失われますが、犬は優れた聴覚や嗅覚で生活に適応していくため、家具の配置を変えないなど、安全な環境を整えてあげることが大切です。
犬の眼の病気7. ホルネル症候群
病名 | ホルネル症候群(ホーナー症候群) |
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治療 | 原因疾患の治療、対症療法 |
かかりやすい犬種 | ヨークシャーテリア、ゴールデンレトリバー、コリーなど |
どんな病気?
ホルネル症候群(ホーナー症候群)は、眼の機能を調節する交感神経に何らかの異常が生じることで、特徴的な眼の症状が現れる神経疾患です。眼そのものの病気ではありません。
症状や特徴
通常、片側の眼に以下のような4つの典型的な症状がみられます。
- 縮瞳:瞳孔が小さくなる。
- 眼瞼下垂(がんけんかすい):上まぶたが垂れ下がる。
- 眼球陥凹(がんきゅうかんおう):眼球がくぼんで見える。
- 第三眼瞼突出:目頭にある瞬膜(第三眼瞼)が突出して見える。
発症の原因
原因が特定できない「特発性」が最も多いですが、中耳炎や内耳炎、首や胸の怪我、腫瘍、椎間板ヘルニアなど、脳から眼につながる交感神経の経路のどこかに起きた障害が原因となることがあります。
治療の方法
ホルネル症候群自体に対する特効薬はありません。原因となっている病気(中耳炎や腫瘍など)が明らかな場合は、その治療を行います。特発性の場合は、数週間から数ヶ月で自然に回復することが多いため、経過観察となることもあります。症状の改善を目的とした点眼薬が処方される場合もあります。
犬の眼の病気8. マイボーム腺腫(ものもらい)
病名 | マイボーム腺腫(ものもらい) |
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治療 | 点眼薬、内服薬、外科的切除 |
かかりやすい犬種 | 高齢の犬全般(特にチワワ、シーズーなど) |
どんな病気?
マイボーム腺腫は、まぶたの縁にある、涙の油分を分泌する「マイボーム腺」が腫瘍化する病気です。ほとんどが良性腫瘍ですが、大きくなると眼球を傷つけることがあります。一般的に「ものもらい」と呼ばれるものの中には、このマイボーム腺腫や、細菌感染によるマイボーム腺炎が含まれます。
症状や特徴
まぶたの縁に、白やピンク色のイボのようなできものができます。大きくなると、以下のような症状を引き起こします。
- 腫瘍が角膜に触れることで、涙や目やにが増える
- 違和感から眼をこする
- 角膜炎や結膜炎を併発する
発症の原因
マイボーム腺腫の明確な原因はわかっていませんが、主に高齢の犬に多く見られることから、加齢が関係していると考えられています。
治療の方法
腫瘍が小さく、犬が気にしていない場合は経過観察をすることもあります。しかし、大きくなって角膜を刺激している場合や、犬が気にしてこする場合は、外科的な切除が推奨されます。炎症を伴う場合は、抗生物質の点眼薬や内服薬が処方されます。ひっかき防止のためにエリザベスカラーの装着も有効です。
犬の眼の病気9. チェリーアイ
病名 | チェリーアイ(第三眼瞼腺逸脱) |
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治療 | 内科的整復、外科手術 |
かかりやすい犬種 | チワワ、ボストンテリア、フレンチブルドッグ、ビーグルなど |
どんな病気?
チェリーアイは、目頭にある第三眼瞼(瞬膜)の内側にある涙を産生する「第三眼瞼腺」が、本来の位置から外に飛び出してしまう病気です。正式名称は「第三眼瞼腺逸脱」といい、赤いさくらんぼのように見えることからこの俗称で呼ばれています。
症状や特徴
目頭が赤くぷっくりと腫れあがり、見た目ですぐに分かります。飛び出した腺が空気に触れることで炎症や感染を起こしやすく、結膜炎や涙やけの原因にもなります。
発症の原因
第三眼瞼腺を支える結合組織が、遺伝的に弱いことが主な原因とされています。そのため、アメリカン・コッカー・スパニエルやブルドッグ系の犬種など、特定の犬種に多く見られ、主に1歳未満の若い犬で発症します。
治療の方法
初期の段階であれば、獣医師が綿棒などを使って飛び出した腺を元の位置に戻す「内科的整復」を試みることがあります。しかし、再発を繰り返すことが多いため、根本的な治療には外科手術が必要です。手術では、飛び出した腺を切除するのではなく、元の位置に埋め込んで固定(ポケット法など)する方法が一般的です。
犬の眼の病気10. 眼瞼外反症
病名 | 眼瞼外反症 |
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治療 | 点眼薬、外科手術 |
かかりやすい犬種 | セントバーナード、マスティフ、ブルドッグ、バセットハウンドなど |
どんな病気?
眼瞼外反症は、主に下まぶたが外側にめくれてしまい、まぶたの裏側の結膜が露出してしまう状態を指します。「あっかんべー」をしているような見た目が特徴です。
症状や特徴
結膜が常に空気にさらされるため、乾燥しやすく、細菌や異物の侵入が容易になります。その結果、以下のような症状が慢性的に見られます。
- 慢性的な結膜炎(充血、目やに)
- 涙が正常に排出されず、涙やけを起こす
- 角膜炎を併発しやすい
発症の原因
セントバーナードやブルドッグなど、顔の皮膚がたるんでいる犬種に多く見られる、先天的な構造異常が主な原因です。また、他の病気や顔面神経麻痺、外傷などが原因で後天的に発症することもあります。
治療の方法
軽度の場合は、露出した結膜を保護し、感染を防ぐための定期的な眼の洗浄や点眼薬による対症療法を行います。症状が重度で、慢性的な結膜炎や角膜炎を繰り返し、犬が不快感を示している場合は、めくれたまぶたの形を整える形成外科手術が必要となります。
重度の場合は病院へ
いかがでしたか。この記事で紹介した病気は、犬に起こりうる眼の病気のほんの一部です。犬の眼の病気は、放置すると視力低下や失明といった深刻な事態につながるケースも少なくありません。
「涙が多い」「眼をしょぼしょぼさせている」「なんだか白目が赤い」など、何か少しでも愛犬に異変を感じたら、自己判断せずに、できるだけ早く動物病院を受診しましょう。早期発見と適切な治療が、愛犬のかけがえのない眼の健康を守る鍵となります。
vet所属獣医師先生