- 本内容は猫の心筋症に関するACVIMガイドラインを和訳したものです。
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概要
心筋症は原因不明の心筋障害の総称であり、猫では一般的な病気である。不顕性で余命を全うする猫も存在するが、うっ血性心不全、動脈血栓塞栓症、突然死などを引き起こす可能性のある疾患である。猫の心筋症の分類は複雑であるため、このコンセンサスステートメント内では心臓の表現型(形態と機能)に基づいた分類システムについて概説する。また、無症候性心筋症の猫を生命を脅かす合併症を将来的に引き起こす可能性の高低で細分化するシステムについても紹介する。そして診断、ステージ分類、ステージごとの治療に関する推奨事項を入手可能な文献に基づいて提供する。
- ACE:angiotensin converting enzyme(アンジオテンシン変換酵)
- ACVIM:American College of Veterinary Internal Medicine(アメリカ獣医内科学会)
- AHA:American Heart Association(アメリカ心臓協会)
- ARVC:arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy(不整脈源性右室心筋症)
- ATE:arterial thromboembolism(動脈血栓塞栓症)
- CHF:congestive heart failure(うっ血性心不全)
- cTnI:cardiac troponin-I(心筋トロポニン-I)
- DCM:dilated cardiomyopathy(拡張型心筋症)
- DLVOTO:dynamic left ventricular outflow tract obstruction(動的左室流出路閉塞)
- ESC:European Society of Cardiology(ヨーロッパ心臓病学会)
- HCM:hypertrophic cardiomyopathy(肥大型心筋症)
- LA:left atrial(心房)
- LMWH:low-molecular-weight heparin(低分子量ヘパリン)
- LOE:level of evidence(エビデンスレベル)
- LV:left ventricle(左心室)
- NT-proBNP:N-terminal pro-brain natriuretic peptide(脳性ナトリウム利尿ペプチドの前駆体のN末端断片)
- RCM:restrictive cardiomyopathy(拘束型心筋症)
- SAM:systolic anterior motion(僧帽弁前尖の収縮期前方運動)
- SEC:spontaneous echocardiographic contrast(もやもやエコー)
- UCM:unclassified cardiomyopathy(分類不能型心筋症)
1 はじめに
心筋症は様々な表現型や予後を示す心筋障害の総称である。心筋症は猫で一般的な疾患であり、循環器疾患は猫の死因トップ10のうちの1つでもある。1-3 以下の報告では、心エコー検査上の表現型に基づいた最新の心筋症分類方法と、診断アプローチ、治療方法の推奨事項について提供する。
2 コンセンサス方法
一連のステートメントは委員会メンバーが猫の心筋症に関連する重要な論文をまとめて修正デルファイ法を用いて作成した。フリーテキストのコメント、対面の会議、ビデオ会議とオンラインの匿名投票を組み合わせてステートメントを修正していった。ステートメントに対して委員会メンバーの9人中6人以上が賛成した場合をコンセンサスステートメントと定義した。MeSH用語である「猫」および「心筋症」を使用してPubMed内を検索したところ475件がヒットした。また、その他の検索用語やデータベースも使用した。参考文献(オリジナルデータを含む研究で査読済みかつ公開済み)は委員メンバーにより評価を受けた。コンセンサスに達した各ステートメントについて、文献のレビューに基づいてエビデンスレベル(低、中、高)を付けていった(表1)。また、コンセンサスに達した各ステートメントについて、投票を行い多数決による推奨レベル(クラスⅠ;is recommended、クラスⅡa;should be considered、クラスⅡb;may be considered、クラスⅢ;is not recommended)も付けていった(表2)。
表1. 引用論文のエビデンスレベル | |
エビデンスレベル | |
高
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中 |
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低 |
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表2. 委員会メンバーの多数決による推奨レベル | |
推奨レベル(クラス) | 原文中での表現 |
介入が有益、有用、効果的であるという合意またはエビデンス(クラスI) | “is recommended/indicated” |
有用性、有効性を支持する意見またはエビデンス(クラスⅡa) | “should be considered” |
十分に確立されていない意見またはエビデンス(クラスⅡb) | “may be considered” |
介入が有用、効果的ではなく、場合によっては有害である可能性があるという合意またはエビデンス(クラスⅢ) | “is not recommended” |
3 猫の心筋症の定義と分類
心筋症は、心筋に異常をもたらすレベルの循環器疾患が存在しないにも関わらず、心筋に構造的、機能的異常が起こる病態と定義されている。4 従来猫の心筋症の分類にはヒトの分類を引用していた。しかし、近年ヒトにおいて臓器障害、病態、表現型、原疾患などを主軸に分類する数々の新しい分類方法が提唱され始めている。4-7 用語を統一整理しシンプルに治療選択をできる分類方法が理想的だが、疾患の原因が不明であるため現在どの分類方法にも限界が存在する。ヒトでは原因を特定できることもあるが猫ではめったにない。我々は遺伝的病因ではなく臨床的な表現型に重点を置いたヨーロッパ心臓病学会(ESC)による分類方法4 を猫に用いることを推奨する(図1、表3)。ESC分類は従来通り5つの表現型{肥大型心筋症(HCM)、拘束型心筋症(RCM)、拡張型心筋症(DCM)、未分類心筋症(UCM)、不整脈源性右室心筋症(ARVC)}に分類する。病態の進行、合併症、その他の要因などにより表現型が変化する猫も存在するためUCMを除きこの分類方法にも限界はあるが基本的にはいずれかに当てはめて考える。
表3. 心筋症の表現型の定義。心筋症は、心筋に異常を来すその他の疾患が存在しないにも関わらず、心筋に構造的、機能的異常が起こる病態と定義されている。 | |
表現型 | 定義 |
肥大型心筋症(HCM) | 左室内腔が十分に拡張できないレベルの局所またはびまん性の左室壁肥厚 |
拘束型心筋症(RCM) | 心内膜心筋型と心筋型の2つに分類される。 |
心内膜心筋型RCM | 顕著な心内膜の線維化が肉眼的特徴である。心室中隔と左室自由壁とを架橋する線維性構造物が形成されると、この架橋により心室内腔が固定されてしまう。左室拡大や両心房拡大が一般的に見られる。 |
心筋型RCM | 壁厚を含め左室サイズは正常であるにも関わらず左房拡大または両心房拡大が認められる状態 |
拡張型心筋症(DCM) | 左室拡大の進行、通常~菲薄化した左室壁厚、心房拡大の3つを特徴とする左室収縮不全 |
不整脈源性右室心筋症(ARVC) =不整脈源性右室異形成(ARVD) 不整脈源性心筋症(AC) |
重度の右房および右室拡大を示す。右室収縮不全、壁の菲薄化がしばしば認められる。病変部が左心へ及ぶこともある。不整脈およびうっ血性心不全が一般的に認められる。 |
非特異的表現型 | 上記のいずれにも該当しない表現型の心筋症。心臓の形態と機能について詳しく記録する必要がある。 |
我々は猫の心筋症を形態および機能に基づいて(表現型で)分類することを推奨する。表現型には原因の分かっているもの(甲状腺機能亢進症、サルコメア遺伝子変異など)と原因不明のもの(そのほとんどがいずれかの表現型を示す)の両方が含まれている。根本的な原因の研究が始まるまでは、猫には「肥大型心筋症の表現型」または「拡張型心筋症の表現型」の2つが存在すると言われていた。そして原疾患が見つからない場合には「肥大型心筋症(HCM)」または「拡張型心筋症(DCM)」と診断されていた。そして、今回推奨する分類も特定の疾患の存在を定義するものではなく、あくまで表現型による分類である。個々の表現型を続発性として引き起こす疾患がわかる場合には精査を行う。例えばある猫が左室肥大かつ甲状腺機能亢進症の場合、甲状腺機能亢進症により心臓がHCMの表現型を示していることが考えられる。
一部の猫の心筋症は、どの表現型にも該当しない。今回推奨する分類法ではこれらを分類不能型心筋症(UCM)とするのではなく、非特異的表現型の心筋症とする。この用語を使用する際は表現型を説明するために形態と機能について詳しく記録しなければならない。
3.1 猫の心筋症のステージ分類
心筋症の猫の臨床上の影響を説明するために、アメリカ心臓協会(AHA)とアメリカ獣医内科学(ACVIM)のステージ分類8-10 (Figure 2)を参考とした。これにより予後と治療方針の決定を容易にする。心筋症の素因があるが心筋症の証拠がない猫をステージA。心筋症であるが臨床症状がない猫をステージB。ステージBはさらに、臨床症状を起こす一歩手前のうっ血性心不全(CHF)または動脈血栓塞栓症(ATE)を起こすリスクが低い場合(ステージB1)とリスクが高い場合(ステージB2)に細分する。心房拡大は重要な予後決定因子であり、無症候性心筋症の猫を低リスク(B1)と高リスク(B2)に細分することができる。左房拡大が大きいほどCHFとATEのリスクが高くなると報告されている。11 左房収縮能、左室収縮能、重度の左室肥大なども無症候性心筋症の猫を細分類するうえで考慮するべきである(図2参照)。例え治療により改善したとしても、CHFまたはATEの兆候を一度示した猫はステージCに分類する。治療抵抗性のCHCになった猫はステージDに分類する。
4 疫学
最も一般的な表現型はHCMであるため、このガイドラインではHCMを中心に説明していく。その他の表現型については必要に応じて説明する。一般的な猫の肥大型心筋症の有病率は約15%と推定される。12-16 高齢猫では高血圧と甲状腺機能亢進症を除外した集団でも有病率は最大で29%と報告されている。15 ほとんどのHCMは無症候性であり診断の年齢に関係なく心臓に関連した死亡の5年間累積罹患率は約23%と報告されている。17 HCMで最も多い臨床症状の原因はうっ血性心不全(CHF)、次に動脈血栓塞栓症(ATE)である。17 先行する臨床症状はなしに突然死亡する猫もわずかに存在する。11, 17, 18 その他の表現型の有病率は不明であるが、無症候性の中で最も多いのはHCMである。15
HCMの猫で多いのは高齢、雄、収縮期雑音が大きいと報告されているが、若齢、雌、心雑音がない猫でも認められます。15, 19-22 ほとんどの猫は非純血種であるが、メインクーン、ラグドール、ブリティッシュショートヘア、ペルシャ、ベンガル、スフィンクス、ノルウェージャンフォレストキャット、バーマンは発症リスクが高いと考えられている。20, 23-27 しかし、純血種であるため広範な有病率のデータは不足している。ヒトのHCMではサルコメア遺伝子変異が一般的だが、猫ではミオシン結合タンパク質C(MyBPC3)遺伝子内の2つの変異しか確認されていない。23, 28 メインクーン猫におけるMyBPC3-A31P変異の推定有病率はおよそ35~42%であり、29, 30 この品種におけるHCM表現型の有病率よりも明らかに高い30 この変異をホモ接合で持つメインクーン、MyBPC3-R820W変異をホモ接合で持つラグドール、HCM罹患猫の第一度近親者(遺伝子が半分同じ個体)は、HCMを発症するリスクが高い。30 – 33 ヒトのHCMでは非遺伝的要因やエピジェネティクスは重要な因子であるが、34 猫では不明である。
4.1 予後
HCM表現型で無症候性のまま維持する猫も存在一方で、CHFやATEにへ進行する猫も存在する。13, 17, 19-21, 32, 35-37 若齢22 や臨床症状のない19, 20, 22, 35 猫はより生存期間が長いと報告されている。身体検査でのギャロップ音または不整脈の存在、中等度から重度の左房拡大、LA FS%(LA fractional shortening)低下、重度の左室肥大、左心収縮能低下、もやもやエコーまたは心臓内血栓、運動能低下を伴う局所的壁の菲薄化、E波A波の拘束パターンはCHFまたはATEへの進行リスクが高いと報告されている。11, 22, 38 心臓による突然死もHCMの猫で発生しうる。17, 18, 21 失神、心室性不整脈、左房拡大、左室壁の局所的菲薄化は心臓による突然死のリスク因子とされている。11 生存期間中央値はCHFまたはATEを発症した場合、無症候性と比較して大幅に短い。17, 19-22, 35 ストレス、静脈輸液、全身麻酔、徐放型コルチコステロイド療法などが引き起こしたCHFは、それらの要因なしに進行したCHFよりも生存期間が長いと考えられる。3, 17, 39 CHF治療後に生存期間が長かった症例では、入院期間中のNT-proBNPの大幅な減少、再検査時にCHF徴候の消失が認められた。40
ヒトのHCMでは動的左室流出路閉塞(DLVOTO)は罹患率と死亡率を増加させる因子であるが、41 猫ではDLVOTOは負の予後因子とはならない。17, 21, 22 これがヒトと猫のHCMの真の違いかもしれないが、DLVOTOの定義の違いによる結果かもしれないし、回顧的研究で起こるバイアスのせいかもしれない(猫では臨床症状が見つかるまで診断されることが少ない非閉塞型HCMの症例数よりも、偶発的に発見された心雑音の精査により診断されたDLVOTOの症例数の方が多い傾向にある)。
5 診断
猫の心筋症の診断を確立することは、特に一般診療において困難であることがある。診断には心エコー検査が選択されるが、獣医循環器専門医でも表現型の区別が難しいことがある。幸いなことに心筋症の形態に関わらず、CHFには利尿薬が必要であること、ATEの管理を行うことが治療方針となる。よりステージの進行した心筋症の診断には基本的な心エコー技術(中等度から重度の左房拡大を検出する能力など)で十分である。42, 43 他の検査は、ステージ分類、重要な合併症の特定、予後の確立を助ける。重要なことは表現型毎の続発性心筋症を引き起こす可能性のある疾患のスクリーニング検査を行うことである(クラスI)。例えば、HCM表現型では甲状腺機能亢進症のための血清チロキシン濃度の測定と高血圧症のための血圧測定である。
5.1 遺伝子検査
変異遺伝子とHCMの発生率を減らすことを目的に繁殖予定のメインクーンではMyBPC3-A31P変異の、ラグドールではMyBPC3 R820W変異の遺伝子検査を推奨する{エビデンスレベル(LOE)高、クラスI}。29, 30, 44 これらの変異遺伝子をホモに持つ個体を繁殖にもちいることは推奨しないが(クラスI)、ヘテロの個体はもし他に遺伝させたい形質を持つのであれば変異遺伝子を持たない個体と交配させても良い(LOE低)。HCM発症の相対リスクを推定するために繁殖に用いないメインクーンやラグドールでも同じ遺伝子検査を用いることができる(LOE中)。メインクーンでHCMの発症と関連しているのは主にA31P変異をホモ接合で持つ個体である。44 MYBPC3変異を持たないメインクーンとラグドールでもHCMは発症することがあるため(LOE高)、44, 45 心エコー検査でのスクリーニング検査は必要である(LOE低、クラスⅡa)。MyBPC3-A31P変異とMyBPC3 R820W変異の遺伝子検査はメインクーンおよびラグドールに特異的な検査であるため、その他の品種には推奨しない(LOE高、クラスⅢ)。29, 30
5.2 主訴
心筋症、特にHCMの猫の臨床症状は目立たない。最も多い主訴は呼吸困難であるが、17 隠れている、食欲不振など非特異的な症状のみを示す猫も存在する。また、呼吸困難の猫の原因で最も多いのはCHFである。46, 47 ATEによる不全麻痺および不全麻痺も多い主訴である。17 失神が主訴となることは少ない。19 心筋症の猫の中にはその他の症状を示す前に突然死する症例も存在する。18
5.3 身体検査
5.3.1 無症候性心筋症
傍胸骨収縮期雑音は、健常猫でも30%〜45%で聴取されるが、無症候性HCMでは80%もの猫で聴取されると報告されている。14-17 無症候性HCMの2.6~19%でギャロップ音などの第3音が聴取されるが、15 健常猫でこれが聴取されることはめったにない。心筋症に関連して不整脈が起こることもあるが、48, 49 その多くは聴診上の異常は検出できない。15, 42 どの様な猫でも心雑音が聴取された場合には精査するべきである。(LOE中、クラスI)15, 42 大きな収縮期雑音(グレード3〜4 / 6)は、健常猫よりもHCMの猫で多いが、時間の経過に伴う心雑音の悪化は必ずしも疾患の存在または悪化を示しているわけではない。心筋症の猫でスリルが触知される(グレード5〜6 / 6)ことはめったになく、その場合は先天性奇形の存在がより疑われる。ステージの進行した猫、RCM表現型、DCM表現型では雑音が聴取されないことも多い。13, 21, 42, 50 ギャロップ音や不整脈が聴取された場合には心筋症の可能性が高まるが、その他の第3音や二段脈性調律をギャロップ音と鑑別することは難しい。
5.3.2 CHFに陥った心筋症
頻脈や呼吸困難は左心不全の猫で見られる典型的な徴候である。無症候性HCMと比べて、CHFではギャロップ音や聴取可能な不整脈がより一般的に見られるが心雑音はそれほど多く見られない。13, 21, 43 ある研究によると、CHFではその他の呼吸困難と比べて呼吸数> 80回/分、ギャロップ音、直腸温<37.5度、心拍数> 200回/分が初回身体検査で認められる傾向にあった。47 断続性ラ音は肺水腫の存在を、腹側での呼吸音減弱(奇異呼吸を伴うこともある)は胸水貯留の存在を示唆する。51
5.4 レントゲン検査
レントゲン検査での重度の心拡大または、DV像・VD像での左心耳拡大は心筋症を示唆する。52, 53 胸部レントゲン検査は軽度から中程度の心筋症による形態変化に対する感度が低く、CHFを引き起こすほど重度でも心陰影が正常な場合もある。54 さらに、心陰影から心筋症の表現型を特定することは難しく、バレンタインハートでさえ以前考えられていたほどHCM表現型に特異的な所見ではない。55, 56 しかしレントゲン検査は心原性肺水腫を診断する上ではゴールドスタンダードであり、もし安全に撮影できないならば落ち着いてからでも撮影するべきである(LOE低)。心原性肺水腫のレントゲンパターンは犬とは違い猫では一定の特徴が存在しない。52, 57 身体検査と併せて、心エコー検査やNT-proBNPによるポイントオブケアは呼吸困難の原因がCHFであるかどうかを見極めるうえで役立つであろう(LOE高)。58
5.5 心臓バイオマーカー
5.5.1 NT-proBNP
血漿または胸水を用いた猫特異的NT-proBNPアッセイの定量は呼吸困難の原因が心原性であるかどうかを判断するうえで優れた診断制度を有している(LOE高)。59-64 しかし、外注検査結果が届くまでに時間がかかるため治療方針の決定に使うことは推奨しない(クラスⅢ)。その代わり、NT-proBNPによるポイントオブケアは診断制度を保ちつつ迅速に呼吸困難の原因が心原性であるかどうかを判断することができるため、心エコー検査によるポイントオブケアが行えない場合には行うべきである(LOE中、クラスⅡa)。58, 65 ポイントオブケアにNT-proBNPを使用する際には血漿または胸水を使用でいる。64, 66 胸水は生理食塩水で2倍希釈することで特異度を高めることができる。65
無症候性心筋症が疑われる猫の精査では緊急性が低いため、心エコー検査が行えない場合にはNT-proBNPの測定を行うべきである(LOE高)。NT-proBNPの結果から健常であるか、軽度から中程度のHCMであるかを判断することは推奨しない(LOE高、クラスⅢ)。67-69 無症候性心筋症が疑われる猫のポイントオブケアではNT-proBNPの測定は有用であるが、検査から得られる情報は猫が正常または軽度HCMであるか、重度だが無症候性HCMであるかどうかである(LOE高)。70、71
5.5.2 トロポニン-I
循環血液中の心筋トロポニン-I(cTnI)濃度の測定は呼吸困難の原因が心原性であるかどうかを判断するのに役立つが(LOE中)、結果が迅速に得られる場合に限る。72-74 心筋症が疑われる猫では健常猫と無症候性HCM猫を区別するためにヒト高感度cTnIアッセイを用いることができる可能性もある(LOE中)。75, 76 さらに、循環血液中のcTnI濃度の上昇は、左房拡大とは関連のない死亡リスク因子となるため予後判定に使える可能性もある(LOE高)。77
5.6 心電図
左室肥大や左房拡大に対する6誘導心電図の検出感度は低いため、13, 78, 79 猫の心筋症のスクリーニング検査として心電図を用いることは推奨しない(LOE中、クラスⅢ)。しかし、ヒトのHCMではスクリーニング検査として心電図が用いられる。80 一方で、心筋症の猫では様々な不整脈が起こることが報告されており、48, 49, 78, 81-85 虚弱、失神、低酸素性発作などの臨床症状の原因となる。86, 87 ホルター心電図は犬と比べて猫は不寛容な個体が多いが、その他の方法では検出できない不整脈の検出に役立つ。49, 88 虚弱、虚脱、発作様症状の経歴がある猫では、心エコー検査、心電図、ホルターまたはテレメトリー式心電図検査を必要に応じて行うべきである(クラスI)。不整脈と関連のありそうな臨床症状を定期的に起こしている猫には植込み型ループ式心電図が有用かもしれない(LOE低、クラスⅡa)。89, 90 家庭環境下の猫の心電図を記録するその他の方法として、携帯用心電パット(Kardia AliveCor)をスマートフォンに接続して心電図を記録し、専門家が解読する方法がある。
5.7 血圧
高血圧症の猫では全周性左室肥大または部分的左室肥大が症例の最大で85%で認められるが、HCMと高血圧症が無関係に併発していることもある。高血圧症の多くの猫では左室肥大は軽度から中程度である。91-94 左室肥大のある全ての猫で血圧測定を行うべきである(LOE中、クラスⅡa)。
5.8 チロキシン測定
甲状腺機能亢進症は高齢猫で一般的な病気であり、聴診上の異常(心雑音、ギャロップ音、不整脈)、心筋リモデリング(左室肥大、心臓内腔径の増加)、稀にCHFやATEを引き起こす。95-98 重度の左室肥大を示す甲状腺機能亢進症の猫は時々見られるが、おそらくこれは既存の軽度から中程度のHCMが甲状腺機能亢進症により悪化した結果である(LOE低)。心エコー検査で左室肥大があってもなくても聴診上異常のある6歳以上の全ての猫は血清チロキシン濃度を測定するべきである(LOE低、クラスI)。
5.9 心エコー検査
心エコー検査は猫の心筋症診断のゴールドスタンダードである。心エコー検査の適応所見を表4に示す。理想的には慣れた手技者が99 鎮静剤なしで静かな環境下で最小限の保定で行うべきである。必要ならば鎮静剤を使用する(クラスⅡb)。100 猫が横臥位でも立位でも適切な心エコー断層像を観察可能である。99
表4. 心臓精査の主な適応所見 | |
主訴など |
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身体検査 |
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医原性CHFの可能性がある
9歳以上の猫 |
|
従来は2Dガイド下Mモード心エコー像を用いて左室壁厚を測定していたが、この方法では左室壁の一部のみしか測定できていなかった。HCMの多くの猫では左室肥大は局所的であるため、Mモードではその局所の肥厚を逃す可能性が存在する。また、縦隔内での心臓の位置の揺れや動きにより、誤って乳頭筋を測定してしまう可能も存在する。2D心エコー断層像では複数箇所で左室壁厚を測定可能である。真の拡張末期の壁厚を測定するためにフレームレートを十分に高く(> 40 Hz)するべきである。現在、左室壁厚の測定には2D、Mモードまたはその両方が用いられているが、2DとMモードでは左室壁厚の値にズレが生じ、互換性がない。16
Mモードを使用する場合は2D短軸断面ガイド下を推奨する(LOE低、クラスI)。2D心エコー断層像を使用する場合は少なくとも2つの右傍胸骨断面(長軸断面と短軸断面)で中隔壁と自由壁の最も厚い部分を拡張末期のフレームで測定するべきである(LOE低、クラスI)。2Dガイド下Mモードを使用する場合は、leading edge法を用いるべきである(クラスI)。leading edge法では中隔壁の左室側心内膜層が、自由壁の心外膜層が計測から除外される(LOE低)。101 2D心エコー断層像を使用する場合は、中隔壁には内腔計測法を、左室自由壁にはleading edge法(心外膜層を除く)を用いるべきである(LOE低、クラスⅡa)。顕著な心内膜肥厚が存在する場合は、心内膜層を計測から除外するべきである(LOE低、クラスI)。左室壁厚は少なくとも3心周期分の拡張末期で計測し平均値を取るべきである(LOE低、クラスI)。拡張末期および収縮末期の左室内径は従来Mモード(leading edge法)を用いて計測されていたが、2D心エコー断層像(内腔計測法)を用いても良い。左室のFSは左室収縮能の定量的指標として最も一般的である。この場合、局所的な壁運動の異常は別途主観的な所見として記録される。乳頭筋のサイズと形状は右傍胸骨長軸断面と短軸断面で、通常は定性的に評価されるが定量的に評価する方法も存在する。102
左房サイズは短軸断面と長軸断面で計測できる。左房径は右傍胸骨短軸断面大動脈弁レベルで同じフレーム内の大動脈径を元にLA / Ao比を算出して評価を行う。計測には収縮末期を用いる方法103 と拡張末期を用いる方法104 の2つが存在し、基準値もそれぞれで異なる(LOE中)。左房径は右傍胸骨長軸四腔断面の収縮末期像で心房中隔から左房自由壁までの長さを計測することでも評価できる。(LOE中)。105 LA-FSは左房機能の指標であり、LA / Ao比と同じ断面を用いて2Dガイド下Mモードで計測する。103 もやもやエコー(SEC)の存在は左房機能低下と血流停滞に関連している。左房拡大している猫では、SECや血栓の存在の確認、106 パルスドップラーを用いた左心耳血流速度による血流停滞の評価を行うべきである(LOE低、クラスI)。
心臓内腔の計測に加えて、2D、Mモード、ドップラーを組み合わせて動的左室流出路閉塞(DLVOTO)の有無を評価することを推奨する(クラスI)。2D心エコー断層像による注意深い左室流出路(LVOT)の観察を行い、僧帽弁中隔尖が収縮期に中隔へ変位しLVOTを狭窄する僧帽弁収縮期前方運動(SAM)を検出するべきである。僧帽弁腱索収縮期前方運動(CAM)も同じ断面で検出可能である。107 SAMはMモードでも検出可能である。カラードップラーを用いたLVOT狭窄と僧帽弁逆流の特徴的な乱流を検出や、スペクトルドップラーを用いた左傍胸骨心尖部断面でのLVOT最大圧格差の計測も可能である(LOE低)。スペクトルドップラーと組織ップラーを組み合わせて拡張能を評価し、重症度分類を行うことを推奨する(LOE中、クラスI)。108, 109 表5は推奨される心エコー検査内容の要約である。
表5. 猫の心筋症精査で行う心エコー検査内容 | ||
精査目的 | 計測項目 | 定性的評価(チェック項目) |
ポイントオブケア |
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標準的検査 | Mモード
2D
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循環器専門診療 | Mモード、2D
スペクトルドップラー
組織ドップラー
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標準的検査(上記)と同じ |
注釈:ポイントオブケア(猫の状態や循環器を得意としない病院のために簡略化された検査)、標準的検査(訓練された手技者によって行われる検査)、循環器専門診療(心エコー検査手技を得意とする循環器専門医による検査)、IVSd:(end‐diastolic interventricular septal thickness;拡張末期心室間中隔壁厚)、LA:(left atrial;左房)、 LA-FS%(left atrial fractional shortening)、LA/Ao(left atrial to aortic ratio、拡張末期、収縮末期、またはその両方で計測)、LAA(left atrial appendage:左心耳)、LV(left ventricular;左室)、LV-FS%(left ventricular fractional shortening;一般的な左室のFS%)、LVFWd(end‐diastolic left ventricular free wall thickness;拡張末期左室自由壁厚)、LVIDd(left ventricular internal dimension at end‐diastole:左室拡張末期径)、LVIDs(left ventricular internal dimension at end‐systole;収左室縮末期径)、LVOT(left ventricular outflow tract;左室流出路)、PVF(pulmonary venous flow;肺静脈血流)、RP(right parasternal;右傍胸骨)、RVOT(right ventricular outflow tract;右室流出路)、SAM(systolic anterior motion of the mitral valve;僧帽弁収縮期前方運動) |
5.9.1 繁殖予定の純血猫における心筋症スクリーニング検査の心エコー検査項目
繁殖予定の純血猫における心筋症スクリーニング検査では少なくとも標準的検査を行うべきである。標準的検査には、左房サイズ、左室壁厚、左室内径、LA-FS%、LV-FS%などの定量的評価および、心室内腔形態異常、SAMの有無などの定性的評価が含まれる(表5)。拡張末期左室最大壁厚の信頼された正常値は存在しないが、正常の左室壁厚と肥大した左室壁厚を区別するためのカットオフ値は存在する。また、心室壁厚は体格、26, 110, 111 水和状態、112, 113 心拍数114 にも左右される。通常の体格の猫では拡張末期左室最大壁厚が5mm未満は正常、6mm以上は肥大と判断する。5〜6 mmの場合は体格、家族歴、左房および左室の形態と機能の定性的評価、DLVOTOの有無、組織ドップラーを考慮して判断することを推奨する(クラスI)。疑わしい場合は判断を保留し後日再評価することを推奨する(クラスI)。
5.9.2 心筋症が疑われる猫における心エコー検査項目
主訴や身体検査から心筋症が疑われる場合は精査を推奨する(表4、LOE中、クラスI)。また猫が高齢の場合には麻酔、静脈点滴、徐放型コルチコステロイドの投薬などを行う前に精査するべきである(LOE低、クラスⅡa)。検査ではSECや局所的壁運動異常などの定性的評価を含めた標準的検査を行うべきである。(表5、クラスI)。循環器専門診療では上記の評価に加えてドップラーによる左室流出路血流速、僧帽弁流入速度、肺静脈血流速、左心耳血流速度の計測を行う。組織ドップラーによる僧帽弁輪運動速度も計測するべきである。標準的検査が行えない場合でも、ポイントオブケアとして左房サイズと心室内腔形態異常の定性的評価を行うことで、心筋症の存在、CHFやATEのリスクをある程度推定できる。
5.9.3 うっ血性心不全が疑われる猫における心エコー検査項目
猫の状態や病院の事情により標準的検査が行えない場合でも、ポイントオブケアにより胸水、心嚢水貯留の存在、肺のBラインの有無、主観的な左房サイズと左室収縮能の評価は行うことができる(表5)。58 猫の状態が安定した後に循環器専門診療(少なくとも標準的検査)を行うことを推奨する(クラスI)。
5.10 無症候性心筋症への診断アプローチ
猫の無症候性心筋症を特定することは難しい。ギャロップ音、心雑音、不整脈など心筋症が疑わしい所見がある場合や、麻酔、静脈点滴などでCHFを引き起こすリスクが高い場合は心臓の精査を行うべきである(LOE低、クラスⅡa、表4)。心エコー検査は現在猫の心筋症の最も正確な検査方法であり予後判定の強力な診断ツールであるが、その判定は操作者の技術に大きく左右される。99 ただし、適切なトレーニングと経験があれば、ポイントオブケア心エコー検査は一次診療に適しており、ジェネラリストによる心筋症の診断をより正確に行うことができる(ステージの進行した病態では特に)。42 ポイントオブケア心エコー検査であっても適切なトレーニングと練習の後に行うべきであり(LOE高、クラスI)、42, 99 ポイントオブケアで診断した際には後日表現型を特定するために標準的検査を行うべきである。
心エコー検査が利用できない場合はNT-proBNPが代用できるかもしれない(クラスⅡb)。NT-proBNP濃度は心筋症の重症度と相関関係にあるが、値がオーバーラップしてしまうため軽度、中等度、重度と分類することはできない。69 進行した心筋症を特定するための最初のスクリーニング検査としてNT-proBNPの測定は推奨できる。NT-pro-BNPが正常値であっても、心筋症が存在しないこと(軽度心筋症の場合は特に)や、将来的に心筋症に罹患しないことを保証する訳ではないが、直ちに危険な心筋症である可能性は低い。したがって心筋症が疑われる猫ではたとえNT-proBNPが正常であっても、心エコー検査でのフォローアップを推奨する(LOE低、クラスⅡa)。NT-proBNPが高い場合には必ず心エコー検査を行うべきである(クラスI)。
心雑音、ギャロップ音、不整脈のある高齢の猫では、血清T4濃度と血圧を測定することを推奨する(LOE高、クラスI)。心エコー検査も考慮すべきである(LOE低、クラスⅡa)。
5.11 CHF疑いの猫のへの診断アプローチ
頻呼吸、呼吸困難、断続性ラ音、低体温、ギャロップ音はCHFを強く示唆する身体検査所見である。47 中には頻呼吸を伴う呼吸困難のみしか示さない症例も存在する。心原性肺水腫を検出するためのゴールドスタンダードは従来より胸部レントゲン検査であるが、呼吸困難の猫で撮影する際はストレスを最小限にしなければならない。肺浸潤と心肥大はCHFの重要な所見であるが、左房拡大や肺血管拡張などの典型的なレントゲン所見が必ず認められる訳ではない。52, 54
もし安全にレントゲン撮影をできない場合はポイントオブケアの心エコー検査やNT-proBNP検査をするべきである(LOE高、クラスⅡa)。ポイントオブケア心エコー検査における重度左房拡大を伴う胸水、心嚢水またはBラインはCHFを強く示唆する。58, 115 NT-proBNPが正常値の場合、呼吸困難の原因は心疾患ではなく呼吸器疾患である可能性が高い。CHFが安定した後に改めて標準的検査または循環器専門診療の心エコー検査を実施すべきである(表5、LOE低、クラスⅡa)。
6 治療
6.1 ステージB1
猫の無症候性心筋症の治療方法はエビデンスが不足しているため議論の余地がある。ステージB1の多くは臨床症状を示さないため、中程度以上の左房拡大(ステージB2)へと進行しないかを年に1回の定期健診で確認していくことを推奨する(クラスI)。ステージB1ではCHFやATEのリスクは低く、一般的に治療は推奨しない(LOE低、クラスⅢ)。
DLVOTOが罹患率または死亡率に関連しているという証拠はなく、アテノロールが無症候性HCMの5年生存率に効果があるという証拠も存在しない。116 しかし、アテノロールはDLVOTOの程度の低下と心拍数の低下を期待できるため、117 持続的な投薬が可能な猫であればステージB1心筋症や重度のDLVOTOで検討してみても良いかもしれない(LOE低、クラスⅡb)。
6.2 ステージB2
ステージB2のHCMではCHFやATEの発症リスクが上昇する。猫の無症候性心筋症におけるATEの一次予防についての報告は存在しないが、ATEのリスク因子が存在する場合には血栓予防を推奨する(クラスI)。11, 106 ランダム化比較試験を行った報告(1つしか存在しない)ではATEの既往歴のある猫に対してクロピドグレルはアスピリンよりも効果的であった。118 したがって、ATEのリスク因子(中等度から重度の左房拡大、LA-FS%低下、左心耳血流速度低下、SEC)を持つ猫にはクロピドグレルを推奨する(LOE中、クラスI)。クロピドグレルはATEのリスク因子(原因)に対して効果がある訳ではないので、ATEのリスクが非常に高い場合には、他の抗血栓薬の追加処方を検討する(例:クロピドグレル+アスピリン、クロピドグレル+経口第Xa因子阻害薬、クロピドグレル+アスピリン+経口第Xa因子阻害薬)(LOE低)。
ステージB2では病態の進行と臨床症状の発現を確認していく必要があるが、再診によるストレスの影響も考慮する必要がある。再診では猫を適切に触り、ストレスとなりうるものを最小限にすることが重要である。再診による検査が難しい場合にはガバペンチンなどの経口投与119, 120 や合成フェロモン製剤の使用121-123 を考慮すべきである(LOE中)。一度左房拡大が中程度以上となり抗血栓治療を開始したら臨床症状が発現するまで投薬内容を変更する可能性は低い。飼い主には少なくとも安静時または睡眠時呼吸数の監視を推奨する(LOE中、クラスI)。124
2件の無作為化プラセボ対照試験では、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(ラミプリル)もスピロノラクトンも無症候性HCMの猫の左室心筋や拡張能に効果は認められなかった。しかし、これらの研究ではメインクーン(遺伝性心筋症のある品種)のみを対象としており、症例数も少い。125, 126 同様に無症候性心疾患を有する猫を含む無作為化プラセボ対照試験において、プラセボと比較してベナゼプリルは治療成功期間に影響を与えることはできなかった。127 無症候性心筋症の猫に対するピモベンダンの有効性に関する研究は報告がない。
HCM48, 49 とARVC48, 128, 129 の猫では心室期外収縮は一般的に見られ、ヒトではこれらの心筋症による突然死と関連していることが報告されている。80, 129, 130 猫では治療の選択肢が限られているが、アテノロールはHCMの猫の心室期外収縮を減らすことが示されている。117 猫の心室期外収縮はアテノロール(6.25 mg/cat q12h PO)またはソタロール(10-20 mg/cat q12h PO)で治療するべきである(LOE低、クラスI)。心房細動(AF)で心拍数が著しく増加した猫が稀に存在するが、83 AFは頻脈への耐性が低下した進行した心筋症で起こることが一般的である。AFで心拍数の速い猫にはジルチアゼム、アテノロール、ソタロールが効果的かもしれない(LOE低、クラスⅡb)。
6.3 ステージC
6.3.1急性非代償性心不全
CHFにより肺水腫や胸水が起こると、猫は通常頻呼吸と呼吸困難を呈する。低体温とギャロップ音が存在するなどCHFの疑いが強い場合には経験的な利尿薬治療を直ちに検討するべきである(特に心エコー検査や胸部X線検査が利用できない場合や診断する際のリスクが高い場合)(LOE低、クラスⅡa)。呼吸困難のあるどの様な猫にも酸素供給は推奨され(クラスI)、また抗不安薬(ブトルファノールなど)による鎮静も検討するべきである(LOE低、クラスⅡa)。優しく触る、周りを静かにする、外の見えない箱に入れるなどをしてストレスを最小限に抑えるべきである。131
特にCHFと肺水腫にはフロセミドの静脈内投与(1-2 mg / kgの複数回ボーラス投与またはCRI)を推奨する(LOE低、クラスI)。胸水による呼吸困難には胸腔穿刺を行うべきである(LOE低)。静脈輸液は明らかなうっ血、浮腫、体腔内液体貯留のある猫には禁忌であり、利尿薬を同時に投与してもCHFの症状を悪化させる可能性がある(LOE低)。採血が可能な場合、理想的には治療前に血液生化学検査を行うと良いが(LOE低)、たとえ高窒素血症があっても急性心不全には利尿薬が推奨される(LOE低、クラスI)。
心拍出量が低い兆候(例:低血圧、低体温、徐脈)のある猫ではDLVOTOがない場合、ピモベンダンの経口投与を検討する(LOE低)。ピモベンダンの投与で臨床兆候の改善を示さない急性心不全と低心拍出量の猫には、ドブタミンのCRIを検討する(LOE低)。猫へのニトログリセリンの経皮投与の有効性のエビデンスは不足または矛盾しており推奨しない(LOE中、クラスⅢ)。急性代償不全を起こした心筋症の猫におけるアンジオテンシン変換酵素阻害の有効性は示されていない(LOE低、クラスⅢ)。体温、呼吸数、体重、血圧、推定尿量をモニタリングすることを推奨する(LOE高、クラスI)。
安定したらできるだけ早く退院させ飼い主と一緒にいることを推奨する(LOE低、クラスI)。退院3〜7日後にCHFの再評価、腎機能、血清電解質濃度の評価を行うべきである(LOE低、クラスI)。呼吸数30回/分未満を目標と考え、飼い主には安静時または睡眠時の呼吸数の監視を推奨する(LOE中、クラスI)。
6.3.2 慢性心不全
フロセミドはCHFの猫の肺水腫と胸水をコントロールするための主要な薬です。通常、CHFの臨床徴候の重症度に応じてフロセミド0.5-2mg/kg PO q8-12hで投与する。一般的な開始用量は1-2mg/kg PO q12h(LOE低)である。肺水腫による著しい呼吸困難のある猫では静脈内投与が好ましい(上記の急性非代償性心不全の治療を参照)。フロセミドの維持量は自宅での安静時または睡眠時の呼吸数が30回/分未満を維持できるように調整する(LOE低)。フロセミドを開始した3〜7日後に血清クレアチニン、BUN、電解質濃度を測定することを推奨する(LOE低、クラスI)。ベナゼプリルによるアンジオテンシン変換酵素阻害は、CHFの猫における無作為化プラセボ対照試験で治療成功期間に影響を与えなかった(LOE高)。127 それでもACE阻害薬を用いる専門医も存在する。CHFの既往歴や中等度から重度の左房拡大を持つ猫にはクロピドグレル(18.75mg/cat PO q24h、食事と共に)による予防的抗血栓治療を推奨する(LOE低、クラスI)。クロピドグレルの経口投与に反応して流涎、えずき、嘔吐を起こす猫もいるが、空のゼラチンカプセルに入れて投薬し、水を飲ませて流し込むことで最小限に抑えることができる。ピモベンダンは臨床的に意味のあるLVOTOが存在しない猫では考慮しても良い(LOE低)。132 一般的に使用される投与量は、0.625-1.25mg/cat PO q12hである。
心筋症ステージCの猫は約2〜4か月間隔または必要に応じて再検査することを推奨する(クラスI)。再検査の頻度は症例毎にストレスを考慮して決める必要がある。飼い主が記録した安静時または睡眠時の呼吸数は、来院せずに電話越しで投薬の調整を可能とする。もちろん合併症がある場合や進行中の病態の場合には定期的な再検査が必要である。DCM表現型の猫には食事歴と血漿タウリン濃度を確認し(クラスI)、必要に応じてタウリンの補給と食事の変更を行う。
6.4 ステージD(治療抵抗性)
高用量フロセミド(> 6 mg/kg/day PO)による治療でもCHFの持続する症例ではトラセミド(開始用量0.1-0.2 mg/kg PO q24h、症状も確認しながら漸増していく)への変更を検討しても良いかもしれない(LOE低、クラスⅡb)。スピロノラクトン1-2 mg/kg PO q12-24hも、慢性CHFの管理に使用可能である。133 スピロノラクトン2mg/kg q12hをでは副作用(例:潰瘍性皮膚炎)がで投与されたメインクーンで報告されている(LOE中)。126 全体的な左室収縮不全のある猫にはピモベンダンを推奨する(LOE低、クラスI)。134 全体的な左室収縮不全のある血漿タウリン濃度が正常値でない猫にはタウリンの補給(250mg PO q12h)を推奨する(LOE低、クラスI)。135 塩分を多く含む食品は避けるべきである(LOE低)。投薬数が増えると飼い主のコンプライアンスが下がる可能性が高いので不要な投薬は避けるべきである(LOE低)。
猫の心筋症のステージDでは、心不全による筋肉や除脂肪体重の喪失と定義される心臓悪液質が起こる可能性がある。ナトリウム摂取量の制限よりもカロリー摂取量を優先するべきであり、再診のたびにボディコンディションスコアと正確な体重を記録することを推奨する(LOE低)。血清カリウム濃度をモニターしていき低カリウム血症が確認された場合には、食事に天然物または人工的な物を入れてカリウムを補給する(LOE低、クラスI)。
6.5 ATEの管理
ATEの発症したほとんどの猫は最初に安楽死を提示される。136 動物福祉や一般的に予後不良であるという観点では正当な選択肢である。しかし、適切に鎮痛が行えて良好な予後因子(例:正常体温、患肢が1つ、CHFがない)が存在する場合には、136, 137 治療のリスクと全体的には予後不良であることについて飼い主に十分に説明をしたうえで治療をすることも考慮できる。
鎮痛は急性ATEの最初の24時間で優先的事項であり、フェンタニル、ヒドロモルフォン、メタドンなどのミューオピオイドアゴニストが推奨される(LOE低、クラスI)。低分子量ヘパリン(LMWH)、未分画ヘパリン、経口第Xa因子阻害薬を用いた抗凝固治療をできるだけ早く開始することを推奨する(LOE低、クラスI)。ATEの猫に血栓溶解療法は推奨しない(LOE高、クラスⅢ)。138-140 CHFでは必要に応じてフロセミドと酸素による治療が推奨されるが(LOE高、クラスI)、ATEによる痛みも頻呼吸の原因となりうるため原因をCHFと間違えないことが重要である。経口投与が可能となったらクロピドグレル{負荷用量75 mg PO(LOE低)、維持用量18.75 mg PO q24h(LOE高)}を開始する(クラスI)。ヘパリンはクロピドグレル+経口第Xa因子阻害薬で代用可能である(LOE低)。
6.5.1 ATE治療後
退院後3〜7日とATE臨床症状の初回発症後1〜2週間で再検査を行うことを推奨する(クラスI)。四肢末端の壊死、電解質状態、食欲、治療反応性、神経筋機能の改善程度の評価を行うべきである。中には下位運動ニューロン徴候の改善に数週間から数ヶ月かかることがあるため、141 来院ストレスなどを考慮しつつ1〜3ヶ月ごとに再検査をするべきである(クラスⅡa)。飼い主には引き続き安静時または睡眠時呼吸数の監視を推奨する(クラスI)。
7 結論
猫の心筋症は原因のほとんどが不明で、生命を脅かす可能性もある様々な心筋障害の総称である。ただし、有害事象を引き起こすリスクを推定することは可能である。このコンセンサスステートメントではジェネラリストのみならず専門医にも使いやすいように診断と治療へのアプローチについて概説した。また、今回我々は以下の新しい推奨事項を提示した。心筋症は表現型で分類するが、治療にはステージ分類の方が重要であること。たとえ循環器を得意としない獣医師によるポイントオブケア心エコー検査だとしても、CHFやATEのリスク評価やCHFの有無の確認は行えるため、心エコー検査は貴重な情報を提供する強力なツールであること。ステージごとの心筋症の診断と治療をエビデンスに基づいて推奨したこと。
- Luis Fuentes V, Abbott J, Chetboul V, et al. ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats. J Vet Intern Med. 2020;34:1062–1077. https://doi.org/10.1111/jvim.15745
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- This article is a Japanese translation of the above ACVIM guidelines for cardiomyopathies in cats.