・現物の英語と本和訳で細かいニュアンスに差異がございます。読みやすい範囲で内容に変化が起こらないように試みましたがガイドライン現物に含まれるニュアンスを完全に再現することはできません。
概要
この報告はACVIM循環器専門医コンセンサス委員によって2009年に公開された犬の僧帽弁粘液腫様変性(MMVD、変性性心臓弁膜症、慢性心臓弁膜症とも呼ばれる)の診断と治療に関するガイドラインを改定したものである。この改定では診断だけでなく内科療法、外科療法、食事療法の推奨事項も盛り込んだ。また、診断と治療の判断を裏付ける利用可能なエビデンスの量と質に基づいてこれらの推奨事項の強さを示した。2009年のガイドラインと比べ心不全の臨床症状が発現する前の治療方法は大幅に変更され、進行した心不全と肺高血圧症の診断および治療戦略も新しく見直されている。
- ACEI:angiotensin converting enzyme inhibitors(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)
- Ao:aorta(大動脈)
- BW:body weight(体重)
- CHF:congestive heart failure(うっ血性心不全)
- CRI:constant rate infusion
- IM:intramuscularly(筋肉内)
- LA:left atrium(左房)
- LOE:level of evidence(エビデンスレベル)
- LV:left ventricle(左室)
- LVIDd:Left ventricular internal diameter in diastole(左室拡張末期径)
- LVIDdN:left ventricular end diastolic diameter normalized for body weight(体重で補正された左室拡張末期径)
- MMVD:myxomatous mitral valve disease(僧帽弁粘液腫様変性)
- MR:mitral regurgitation(僧帽弁逆流)
- NT-proBNP:N-terminal pro-B-type natriuretic peptide(脳性ナトリウム利尿ペプチドの前駆体のN末端断片)
- VHS:vertebral heart score
- VLAS:vertebral left atrial size(第4椎体の長さに対する左心房のサイズ比)
1 はじめに
ガイドラインの推奨事項の強さを評価するために、アメリカ心臓協会1が採用した方法を用いた。また、各推奨事項ごとにエビデンスの質を独自に評価し推奨クラスを振り分けた。
2 推奨事項の分類
クラスⅠは委員が強く推奨する事項であり、ほとんどの症例にリスク以上の一定の利益をもたらす(利益>>>リスク)。
クラスⅡaは委員がある程度推奨する事項であり、ほとんどの症例にリスク以上の利益をもたらす可能性が高い(利益>>リスク)。
クラスⅡbは少し推奨できる事項であり、中にはリスクよりも利益をもたらす症例がいる可能性がある(利益>リスク)。
クラスⅢは潜在的なリスクと利益が本質的に等しいと委員は考えており、ほとんどの状況で推奨しない(利益=リスク)。
クラスⅣはほとんどの症例に利益以上の害をもたらす可能性が高く、ほとんどの状況で禁忌であると委員が考えている(リスク>>利益)。
推奨クラスとその推奨の元となったエビデンスレベル(LOE)は、委員が別々に割り振った(つまり、推奨クラスとLOEは解離することもある)。
将来新しく出てくるエビデンスや既存のエビデンスの質に対する考え方の変化により推奨の強さが変化するかもしれないことを委員は認めている。ガイドラインに含まれているたくさんの問題に対する臨床試験はまだこれからである。時々委員は利用可能なLOE以上の推奨を行っている。つまりLOEが低いからと言って推奨しない訳ではない。ランダム化臨床試験によるエビデンスは存在しないが、特定の検査や治療の有用性が明確な臨床コンセンサスとなることもある。
3 エビデンスレベル
臨床的意思決定をサポートする科学的証拠の質を評価する方法は進化している。委員はアメリカ心臓協会とRECOVERガイドラインのエビデンス評価基準を組み合わせて以下の様にした。1, 2
3.1 LOE強
質の高いエビデンスは1つ以上のランダム化比較試験または、質の高い観察研究または他の中程度の質の試験によって裏付けられた中程度の質ののランダム化比較試験である。これらの前向き臨床研究は犬で行われ、治験症例をランダムに介入群と対照群に割り当てるか、無作為化せずに同時対照(つまり、介入群と同時に組み込まれた対照)を使用した。また、自然発生した僧帽弁疾患の犬の前向き観察比較臨床試験から得られたエビデンスも強力である。臨床的に有用なこれらの研究はLOEが十分であり、治験からの脱落症例が少なくて追跡調査ができ統計的に有効な結果が得られた。
3.2 LOE中
中程度のエビデンスは適切に設計され十分に実行された1つ以上の非ランダム化研究、観察研究、レジストリ研究、またはそれらの研究のメタアナリシスである。委員から「中程度」と判断されたエビデンスは犬を対象とした後ろ向き比較試験{つまり、僧帽弁疾患の犬(または適切な対照)が過去の症例から抽出された研究}から成る。実験犬を用いた盲検化比較実験室研究も中程度のエビデンスとみなした。
3.3 LOE低
質の低いエビデンスは設計や実行に制限のあるランダム化または非ランダム化の観察研究またはレジストリ研究であるが、僧帽弁粘液腫様性変性(MMVD)の犬の症例で行われている研究または、実験犬で行われた生理学的、機能的な実験研究である。委員から「弱い」と判断されたエビデンスは僧帽弁疾患の犬の無比較の症例報告や症例集積研究または、MMVDの犬以外の実験的または臨床的研究から成る。これらには他の動物の僧帽弁疾患実験モデルや、自然発生した僧帽弁疾患のヒトの質の高い研究(メタアナリシス、ランダム化比較試験、同時対照を用いた臨床研究など)が含まれる。
3.4 専門家の意見(LOE意)
経験、常識、犬以外の動物で行われた生理学的または機能的研究に基づく専門家の意見のLOEは最も弱いと見なす。
4 MMVDの発生率、病理学、原因
一次診療にやって来る症例の10%は心臓病を持っていると推定されている。MMVDは世界中の多くの地域で最も多い心臓病であり、北米では心臓病の約75%をMMVDが占めている。
MMVDの病理学的レビューは比較的最近行われ、3また、この病気の遺伝学的および病態生理学的理解の進歩も報告されている。4, 5僧帽弁粘液腫様変性のほとんどは左房室弁(僧帽弁)が侵されるが、少なくとも30%の症例では右房室弁(三尖弁)も侵される。6 有病率は雌よりも雄で約1.5倍多く、小型犬(20 kg未満)で多い。しかし大型犬でも時々認められ、大型犬では明らかな心筋機能障害を伴い進行が速いため予後が良好と不良の中間程度である。7 小型犬では一般的にゆっくり進行するが予測できないほど進行することもある。ほとんどの犬では心不全の臨床症状が出る数年前に僧帽弁逆流による心雑音が聴取される。キャバリアキングチャールズスパニエルは明らかに比較的若齢でMMVDを発症する傾向にあるが、心不全へと進行するまでの時間はその他の小型犬と大きく変わることはない。8, 9
MMVDの原因は不明であるが、遺伝的要因が報告されている犬種もおり、5, 10 その他の犬種でも重症度に関連した遺伝的要因も存在するかもしれない。この疾患は常に細胞成分と、弁尖および腱索を含む弁装置の細胞間マトリックスの変化を特徴とする。11, 12 弁内のコラーゲン含有量と膠原線維配列の変化や、海綿体層のプロテオグリカン含有量が変化することによる海綿体層の肥厚が特徴である。これらの変化は全て細胞外マトリックスの調節不全を原因としていると考えられている。弁間質細胞はおそらくマイクロサテライトRNAによる転写後調節によって活性化筋線維芽細胞の特性を獲得する。活性化筋線維芽細胞はマトリックスメタロプロテアーゼなどのタンパク質分解酵素を増加させ、非活性化弁間質細胞による産生が間に合わない速さでコラーゲンおよびエラスチン分解していく。13-15
内皮細胞の変化と内皮下肥厚も起こるが、16-18 MMVDの犬においてこれらが動脈血栓塞栓症や感染性心内膜炎のリスク増加させることはない。僧帽弁逸脱は粘液腫様変性の犬でよく見られる所見であり、一部の品種ではこれがMMVDの特徴的な心エコー所見となる。10, 19, 20 弁構造の進行性の変形は最終的に弁の効果的な接合を妨げ逆流を引き起こす。弁逆流が進行すると心臓の仕事量が増え、心室のリモデリング(心房と心室の遠心性肥大、細胞間マトリックスの変化)を引き起こし、最終的には心室機能障害を引き起こす。
弁の線維芽細胞のマイトジェン受容体(セロトニン受容体、エンドセリン受容体、アンジオテンシン受容体のいずれかのサブタイプ)の数またはタイプの異常が犬の後天性弁膜疾患の病態に関与していると考えられている。21-23 全身性または局所性の代謝、神経ホルモン、炎症メディエーター(例:内因性カテコールアミン、炎症性サイトカイン)も、弁病変の進行やそれによる心筋リモデリングの進行、血行動態的負担のある弁逆流の持続による心室機能障害に影響を与えるかもしれない。MMVDの原因や進行に対するこれらの要因の相互作用と僧帽弁輪の形態的変化や機械的ストレスの影響は完全に分かっている訳ではない。11-13, 24
小型犬ではMMVDの有病率は年齢とともに著しく増加し、13歳までに弁病変が見つかる犬が最大で85%である。25 MMVDの病変部位の違いでその犬が臨床的に意味がある弁逆流や心不全症状を将来的に発症するかどうかを特定できる訳ではない。臨床症状がないMMVDでは、高齢動物が発症しうるその他の併発疾患の進行が弁膜症の進行よりも早いか遅いかで、MMVD自体が寿命に影響を与える場合と与えない場合がある。
年齢、左房および心室拡大の進行、僧帽弁血流のE波速度の増加、NT-proBNP濃度の増加、安静時心拍数の増加からある程度MMVDの進行程度を予想でき、心不全一歩手前の犬を特定することができる。26-29 心エコー所見やレントゲン所見の変化の程度からも心不全や心臓が原因での死亡のリスクが上昇したことを特定できるかもしれない。30, 31 今のところ、感度、特異度共に高いリスク分類方法が開発されるのを待つしかない。
5 心臓病と心不全のステージ分類
心臓病という用語は以下僧帽弁粘液腫様変性と同じものを言い表わしているものとして扱う。心臓病はその性質、進行速度、症例の年齢と状態に応じて、心不全につながる場合とそうでない場合がある。「心不全」という用語は心機能障害によって引き起こされる臨床症状を意味する。心不全は心臓機能に影響を与える心臓病によって引き起こされる。例えば、肺や体腔に液体が溜まるほど静脈圧が上昇した状態{うっ血性心不全(CHF)、静脈血を適切に排出できない状態のため「後方心不全」と呼ばれることがある}や、心臓のポンプ機能が損なわれ(静脈圧低下の場合を除く)運動中または安静時に拍出量が体の要求量に足りない状態(「前方心不全」と呼ばれることがある)などである。
2009年にコンセンサス委員は心臓病と心不全のステージ分類システムを採用し、形態学的変化と臨床症状の重症度を各ステージへ、さらにそれを適切な治療へと結びつけた。32 このアプローチを基にすると、手術などで疾患の進行が変化しない限り、症例があるステージから次のステージへと進行していくことが想像できる。MMVDの犬に対するこのステージ分類システムは引き続き有用だが、最近の臨床試験の結果からしっかりした治療方針を決定するためにはステージBのより厳格な評価が必要である。
このMMVDのステージ分類では心臓病と心不全を次の4つに分類する:
- ステージAは心臓病を発症するリスクが高いが、心臓の構造異常が現在認められない犬である(例:すべてのキャバリアキングチャールズスパニエル、心雑音のないその他の好発犬種)。
- ステージBは、構造異常(例:典型的な僧帽弁逆流の心雑音、典型的な弁疾患)を有するが、心不全による臨床症状を発症したことがない犬である。2009年版からの変更はステージBの中のより形態異常の進んだサブステージに対して治療を開始することが心不全の発症を遅らせるという強力なエビデンスが追加されたことである(以下に概説)。
- ステージB1は心臓のリモデリングが存在したとしてもレントゲン上または心エコー上で基準に満たない無症候性の犬である。最新の臨床試験結果による治療開始基準を満たすほど重症ではない(後述する基準を参照)。
- ステージB2は血行動態的負担が重度の僧帽弁逆流が持続し、レントゲン上または心エコー上で左房や左室の拡大が認められる無症候性の犬である。臨床試験結果よりこのステージでの薬物治療開始は心不全の発症を遅らせることが示された。(後述する基準を参照)
- ステージCは現在または過去にMMVDよる心不全を発症した犬である。病院での治療が必要な急性心不全の犬と通院で治療できる心不全の犬では治療方法が異なるため別々に説明する。初めて心不全を呈した犬の中には重度の臨床症状を引き起こす症例がいることに注意するべきである。この場合、治療抵抗性の症例に対して一般的に行うような積極的な治療(例:後負荷を軽減する薬剤、人工呼吸器による一時的な補助)が必要である(後述するステージDを参照)。
- ステージDは心不全の臨床症状が標準的な治療に抵抗性である末期MMVDの犬である(このコンセンサスステートメントの後半で定義する)。このような症例が病気でも快適に過ごすためには進んだ専門的な治療戦略が必要である。行く行くは僧帽弁形成術をしない限りは内科的治療は無意味になる。ステージCと同様に急性で病院での治療を必要とする犬と、通院できる犬で区別した。
このステージ分類システムはMMVDによる心不全の発症前には既知のリスク因子と必須の構造的異常が存在するということに重点を置いている。したがって、この分類システムは以下を支持するように作られている:
- MMVD発症リスクの高い犬に対するスクリーニング検査の機会を作ること
- 現在および将来の疾患の発症または進行のリスクを低下させる可能性のある介入を実施すること
- 無症候性のMMVD犬を初期段階(腫瘍で言うところのまだ限局している段階)で特定することで、より効果的に慢性疾患の様に内科管理を行ったり、外科治療を行うことができること
- 無症候性のMMVD犬を特定することで慢性疾患の様に内科管理を行ったり、外科治療を行うことができること
- MMVDによる進行した心不全かつ従来の治療に抵抗性の犬を特定すること。これらの症例は積極的な治療戦略(手術など)や新しい治療戦略(緩和ケア、ホスピスタイプの終末期ケアなど)を必要とする。
6 MMVDの診断と治療のためのガイドライン
6.1 ステージA
心不全を発症するリスクが平均より高いが、検査時に明らかな構造的異常がない犬(つまり、心雑音が聴取できない)。
6.1.1 ステージAの診断に関する推奨事項(2009年から変更なし)
- MMVD好発犬種(例:キャバリアキングチャールズスパニエル、ダックスフント、ミニチュアプードル、トイプードル)を含む小型犬は定期健康診断の一環として一般的な評価(毎年ホームドクターの聴診)を受けるべきである(クラスⅠ、LOE意)。
- ドッグショーや、犬種協会、ケンネルクラブがスポンサーのイベントでは、繁殖犬の飼い主やキャバリアキングチャールズスパニエルなどの好発犬種の飼い主向けに観察が必要な病気としてスクリーニングイベントが毎年行われている(クラスⅠ、LOE意)。このイベントはACVIM循環器専門医も参加している組織によって承認されている。
6.1.2 ステージAの治療に関する推奨事項(2009年から変更なし)
- どの症例にも薬物治療は推奨しない(クラスⅠ、LOE意)。
- どの症例にも食事療法は推奨しない(クラスⅠ、LOE意)。
- 繁殖適齢期(6〜8歳未満)に僧帽弁逆流(MR)の心雑音や心エコー所見が認められる場合、もはやその犬を繁殖に用いるべきではない(クラスⅠ、LOE中)。33, 34
6.2 ステージB
ステージBは構造異常(例:MMVDの存在)はあるが、それによる心不全の臨床症状は一度も起こったことがない犬である。
6.2.1 ステージBの診断とサブステージ分類に関する推奨事項
- 僧帽弁粘液腫様変性は通常、スクリーニング検査や定期健康診断の際に典型的な僧帽弁逆流の心雑音の聴診により発見される。
- 胸部レントゲン撮影は弁膜症の血行力学的影響の評価や無症候性MMVDが今後進行した場合の基準写真を保存するためにすべての症例で推奨する。MMVDの犬は気管・気管支疾患を併発することが多く、無症候性の時の基準写真があると将来発咳が認められた時に原因が心臓かそれ以外かのレントゲン所見での判断を容易にする(クラスⅠ、LOE意)。
- 高血圧症の併発を特定または除外し、その犬の基準値を把握するためにすべての症例に血圧測定を推奨する(クラスⅠ、LOE意)。
- 経験豊富な手技者が行う心エコー検査は心雑音の原因の特定、心拡大の重症度の把握、合併症の特定をするために推奨される。専門医による検査は肺高血圧症や左房圧上昇などの血行力学的異常を特定できるかもしれない。心エコー検査で軽度の左房、左室拡大を特定することは困難な場合があり、品種特異的な正常値と比較する必要があるかもしれない(クラスⅠ、LOE中)。35-41 短軸心基底部断面での計測に加えて、最近報告された長軸断面での比{左室(LV)/大動脈(Ao)、LA/Ao、LA/LV}は、MMVDの犬の左房、左室拡大を特定するのに効果的であると結論付けられている(クラスⅠ、LOE強)。42
- 心エコー検査がない状況下でも胸部レントゲン撮影を使用してステージBのサブステージを特定できるようにする必要があると委員は考えている。これらの状況下では、胸部の形態は著しく変化することと、VHSの正常値は犬種ごとに違うことに注意する必要がある。VLAS(詳細は後述)を使用するのも効果的である(クラスⅠ、LOE中)。
6.3 ステージB1:心不全の発症を遅らせるための薬物治療を開始する基準に満たない僧帽弁逆流を伴う無症候性の犬
ステージB1は画像所見上(レントゲン所見や心エコー所見)正常な左房(LA)、左室(LV)サイズ(左室収縮能、VHS、VLASはいずれも正常)または、後述する基準に満たない画像所見上の左房拡大、左室拡大のある犬である。
6.3.1 ステージB1(小型犬、大型犬)の治療(薬物治療、食事療法)およびモニタリングに関する推奨事項(2009年から変更なし)
病気の初期段階であること、心不全へ進行するかどうかが不確実であること、推奨される再診間隔内に心不全を発症する可能性が低いこと、ステージB1での投薬が有効であるというエビデンスがないことからステージB1の犬への治療は推奨しない。まとめると、
- 薬物治療や食事療法は推奨されない(クラスⅠ、LOE意)
- 画像所見に応じて6〜12ヶ月以内に心エコー検査(レントゲン検査で代用もできる)による再評価を行うことを推奨する(大型犬では再診の間隔をより短くすることを委員の一部は推奨している)(クラスⅠ、LOE意)。
6.4 ステージB2:臨床試験の結果に基づき、43, 44 心臓がリモデリング(左房拡大と左室拡大)を起こすほどのMRを持つ無症候性MMVDでは臨床症状の発症前に治療を開始することを推奨する。ステージB2の犬が満たすべき最新の基準を以下に示す。
- ステージB2の心拡大の基準は、心不全が発症する前に治療を行うことが有益である可能性がとても高い犬を特定する(クラスⅠ、LOE強):
- 心雑音のレベル≥3/6
- 心エコー検査で右傍胸骨短軸断面の拡張早期のLA/Ao比≥1.6(図1)45
- 体重で補正された左心拡張末期径(LVIDDN)≥1.7(表1)46
- VHS>10.5(犬種非特異的値)47-53
- 治療は生涯にわたるため開始する前これらすべての基準を満たしていた方が理想的である。これらの基準のうち、心エコー所見による基準以上の左房拡大および心室拡大が、治療による利益が見込めるかを特定する上で最も信頼できる方法である
- レントゲン上で心臓リモデリングと心拡大をステージB2と判断できる信頼できる方法はないため現在研究中である。心エコー検査が行えない場合には、レントゲン上での明らかな心拡大(例:一般的な品種ではVHS≥11.5、VHSの正常値が報告されている犬種では犬種非特異的値での10.5以上に相当する値)または心拡大の進行の加速が画像診断上で認められた場合、42 ステージB2の基準となる心エコーの定量的所見の代わりとして良い(クラスⅠ、LOE意)。
- レントゲンの新しい左房拡大の指標であるVLASは、左房サイズを推定する定量的方法である。レントゲンの右下または左下ラテラル像で、左房の頭腹側端から尾側端(後大静脈の背側ライン)に向かって線を引き、その線を第4胸椎椎体頭側端からの長さと比較する。54 VLASでステージB2レベルのリモデリングを推定するためのカットオフ値は現在研究中であるが。心エコー検査が行えない場合、VLASが3以上の時をステージB2とするのが良いかもしれない。(クラス1、LOE中)
表1. 左室内腔サイズの増加(体重で補正したもの;LVIDdNが1.7以上)であることがステージB2と判断する4つの基準の1つである。 | |
BW (kg) | LVIDd (cm) |
1 | 1.7 |
2 | 2.1 |
3 | 2.4 |
4 | 2.6 |
5 | 2.7 |
6 | 2.9 |
7 | 3.0 |
8 | 3.1 |
9 | 3.2 |
10 | 3.3 |
11 | 3.4 |
12 | 3.5 |
13 | 3.6 |
14 | 3.7 |
15 | 3.8 |
16 | 3.8 |
17 | 3.9 |
18 | 4.0 |
19 | 4.0 |
20 | 4.1 |
体重1〜20 kgの犬の場合(左側の列がBW)、左心室拡張末期直径(LVIDd)は右側の列の値(cm)以上で基準を満たす。参考にした臨床試験では2D短軸断面ガイド下MモードでLVIDdを測定している。55 LVIDdをBWで補正する式は、LVIDdN = LVIDd(cm)/BW(kg)0.294である (公開後2019年4月24日に訂正:BW(kg)0294がBW(kg)0.294へ訂正された) |
6.4.1 ステージB2の治療に関する推奨事項
- ピモベンダン0.25-0.3mg/kg PO q12hを推奨する(クラスⅠ、LOE強)。44, 55
- 食事療法を推奨する。ステージB2での治療指針は、軽度のナトリウム制限と体重を維持できる適切なタンパク質とカロリーを含む食欲を落とさない美味しさの食事を選ぶことである(クラスⅡa、LOE弱)。56
- アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI):最初の検査または経過観察中に明らかに左房が拡大したステージB2では、10人中5人の委員がACEIの使用を推奨している(ACEIが安く手に入る地域ではクラスIIa、LOE弱)。57-59
- 心不全の発症を遅らせる目的でルーチンにステージB2の犬にβブロッカーを使うことは心拡大に関係なく推奨しない。ステージBに対するβブロッカーの有効性を研究する臨床試験の結果では今のところ有効性は認められていない。(クラスⅢ、LOE弱)
- スピロノラクトンも心不全の発症を遅らせる目的でルーチンにステージB2の犬に使うことは推奨しない。
ステージBに対するスピロノラクトンの有効性を研究する臨床試験は今のところ報告されていない(2019年)。ただしパイロットスタディでは推奨される(クラスⅡb、LOE意)。60
- ステージB2に対するその他の薬物治療を多くの委員は推奨しない。進行したステージB2の特定の状況下ではβブロッカーやアムロジピンを考慮する価値があると言う委員も存在する。これらの治療戦略に対する結論を出すには、この症例集団に対する有効性と安全性を評価するためのさらなる研究が必要である(クラスⅢ、LOE意)。
- 進行したステージB2で心拡大による気管支圧迫が発咳の原因となっている場合には肺水腫がなければ鎮咳薬が有効であると考える委員も存在する(クラスⅡa、LOE意)。
- 進行したステージB2では外科的介入(僧帽弁形成術)が可能であり推奨する委員も存在する。飼い主に金銭的余裕があり、併発症を起こす可能性が低くて効果的で永続的な結果を出せる施設へのアクセスが可能な場合に限る(クラスⅡa族、LOE中)。61 – 63
6.5 ステージC
ステージCは現在または過去に心不全を発症したMMVD犬である。ステージCには標準的な治療に抵抗性ではない心不全を経験したことのあるMMVDの犬が含まれる(標準的な治療の定義は後述する)。標準的な治療で臨床症状が改善または完全消失しても、引き続きこれらの症例はステージCに分類される。僧帽弁形成術が成功したケースは例外的にステージBへ再分類する。
急性心不全の病院での治療と、慢性心不全の通院での治療および食事療法について標準的治療のガイドラインを示す。ステージCの中には生命を脅かす臨床症状を示し標準以上の急性期治療を必要とする症例もいる。
この様な症例では一時的にステージD(治療抵抗性心不全)の治療戦略(後述)を用いる必要があるかもしれない。
ステージCとD(心不全のMMVD)の心不全の急性期治療では、血行力学的異常の改善と組織への酸素供給に重点を置いている。状況に応じて可能な限りモニタリングを行い、酸素要求量を減らしながら症例の前負荷、後負荷、心拍数、収縮能、酸素化を調節していく。最終目標は心拍出量の改善、僧帽弁逆流の減少、心拍出量低下や過度の静脈圧上昇(うっ血)による臨床症状(特に肺機能障害)の緩和である。
慢性心不全の治療の一般的な目標としては(僧帽弁形成術を選択できない場合)、進行を遅らせること、生存期間の延長、CHFの減少、運動不耐性の改善、体重(BW)の維持、QOL向上を目的とした治療を行いながら、血行力学的異常の改善に重点を置くことである。
6.5.1 ステージCの診断に関する推奨事項
シグナルメント、問診、身体検査はMMVD症例の臨床症状の原因が心不全であるかどうかの検査前確率を推定するのに役立つ。例:体重減少のない肥満犬はMMVDに続発する心不全になる可能性が低い。洞不整脈が顕著で心拍数が比較的遅い犬よりも、正常洞調律や洞性頻脈の犬の方が咳、呼吸困難などの臨床症状がMMVDによるものである可能性が高い(クラスⅠ、LOE意)。
- MMVDのステージCの犬は典型的には左心不全の症状、頻呼吸、落ち着きのなさ、呼吸困難、発咳などの稟告を示す。MMVDのリスクが高いほとんどの集団は慢性気管気管支疾患の有病率も比較的高いため、典型的な左心尖部逆流性雑音が存在してもCHFによる発咳であるとは限らない。胸部レントゲン検査、理想的には心エコー検査を行うべきである。加えて、最低でもPCV、血清総タンパク質、クレアチニン、BUN、電解質濃度、尿比重などの基本的な検査をできるだけ早く行うべきである。特に腎機能障害は心不全の犬にとって重要な合併症である(クラスⅠ、LOE意)。
- ドップラーを用いた心エコー検査もステージCおよびDに進行したMMVDの犬の診断に役立つ。心エコー検査はMMVDの存在の確定、心臓内腔の拡大と心機能の定量化、左室充満圧の推定、慢性MRの合併症と併発症の特定を行うことができる。MMVDの合併症や併存症には、肺高血圧症、後天性心房中隔欠損症、心房破裂や心臓腫瘍(MMVDとは無関係の)による心嚢水貯留が存在する。一例として、治療前なのにパルスドップラーでE波が低値の場合、左心不全とは言い難い。逆にステージCとDのほとんどの犬で拡張早期波形は高値である。肺高血圧症の臨床症状(例:運動不耐性、虚脱、失神、右心不全による腹水)がある犬では、スペクトルドップラー所見が診断と治療方針の決定に役立つ。
- 血清NT-proBNP濃度(市販のELISAキットを使用して得た)は、MMVDの犬で起こった臨床症状の原因を特定する時に有用な診断補助材料となる(特にNT-proBNP濃度が正常またはほぼ正常である場合)。臨床症状の原因が心不全である犬の群では、原因が原発性肺疾患である犬の群よりも血清NT-proBNP濃度が高いが、単一の特異的NT-proBNP濃度では陽性的中率は十分ではなかった。一方で咳、呼吸困難、運動不耐性の臨床症状を示す犬のNT-proBNP濃度が正常またはほぼ正常である場合には、臨床症状の原因が心不全ではないことを強く示す(クラスⅠ、LOE中)。64, 65
- 症状のあるMMVDの犬のほとんどは中齢以上であり、特にCHFの治療が必要となる可能性がある場合には、血圧測定、CBC、血液生化学検査、尿検査を含む検査を行うべきである(クラスⅠ、LOE意)。
6.5.2ステージCの急性期(病院での)治療に関する推奨事項
- フロセミド2mg/kgを静脈内投与(IV){または筋肉内投与(IM)}し、その後1時間ごとに2 mg/kg IVまたはIMを投与していく。呼吸状態が大幅に改善した場合(つまり、呼吸数の減少と努力性呼吸の改善)または、総投与量が8 mg/kg(4時間以上経過)に達した場合、それ以上の投与を中止する(クラスⅠ、LOE意)。
- 生命を脅かす肺水腫{すなわち、重度の呼吸困難を伴い泡を吐いている状態、肺が白いレントゲン所見、初回のフロセミドボーラス投与への反応が悪い場合(2時間経過しても努力性呼吸と呼吸数の状態が悪い)}の場合、フロセミドは最初のボーラス投与後、0.66-1mg/kg/hでCRIすると良いかもしれない(クラスⅡa、LOE弱)。66, 67
- 利尿薬を始めたら自由飲水にする(クラスⅠ、LOE意;人道的考慮を行う)。
- ピモベンダン0.25-0.3mg/kg PO q12h投与。臨床試験の結果よりMMVDによるステージC慢性心不全の治療におけるピモベンダンの有効性の方が急性期への使用よりも強く支持されてはいるが、血行力学的にも、実験的にも、68 委員達の経験的にも急性心不全の治療におけるピモベンダンの有効性は強く支持される。アメリカ以外の多くの国でも静注用のピモベンダンが利用可能である(クラスⅠ、LOE弱)。
- 酸素補給は必要に応じて、湿度と温度を制御した酸素ケージまたはインキュベーターを介して、または鼻カテーテルを介して投与できる(クラスⅠ、LOE意)。
- 換気不全や呼吸困難を引き起こすのに十分であると判断された場合には、腹部穿刺や胸腔穿刺で抜去するべきである(クラスⅠ、LOE意)。
- 鎮静:呼吸困難による興奮状態は治療するべきである。委員達は麻薬または麻薬+抗不安薬を多くの場合で用いている。急性心不全では、麻薬やトランキライザーの投与に対する血圧と呼吸状態の変化に注意しなければならない。委員間で同じ用量、投与方法を行ってはいなかった。この目的で最も頻繁に使用される麻薬はブトルファノール0.2-0.25mg/kg IMまたはIVであった。ブプレノルフィン(0.0075-0.01mg/kg)+アセプロマジン(0.01-0.03mg/kg IV、IMまたはSC)またはモルヒネやヒドロコドンなどの他の麻薬も委員から提案された(クラスⅠ、LOE意)。
- 適切な環境温度と湿度の維持、枕で頭位を上げる、鎮静状態で仰臥位にするなど最適に介護を行う(クラスⅠ、LOE意)。
- 利尿薬、ピモベンダン、鎮静薬、酸素補給、緩和療法では十分反応しない症例では、左心室機能を改善するために上記の治療に加えてドブタミン(2.5-10μg/kg/min CRI、2.5μg/kg/minで開始し段階的に用量を増加)を用いることもできる。ドブタミン注入中は可能な限りECGのモニタリングを行うべきであり、頻脈または期外収縮が生じた際は投与量を減らすことを推奨する(クラスⅠ、LOE意)。
- ニトロプルシドナトリウム(1-15μg / kg / min)を最大48時間CRIすることで、生命を脅かす治療反応の悪い肺水腫に役立つことがよくある。69 ;現在(2018年)この薬はアメリカでは高価である。ニトロプルシドの投与ができない症例では、追加の動脈拡張薬(例:ヒドララジンまたはアムロジピン、クラスDで推奨投与量を後述する)をPOで用量を調節しながら用いることもできる(クラスⅠ、LOE弱)。
- エナラプリルまたはベナゼプリルなどのACEIを 0.5 mg/kg PO q12hで投与する。ACEIによる治療はステージC慢性心不全に対するクラスⅠの推奨事項であり(後述)、委員の一部も急性心不全にACEI使用するが、フロセミドおよびピモベンダンと組み合わせた場合の急性期治療におけるACEIの有効性と安全性を裏付けるエビデンスはあまり明確でない。しかし急性心不全に対するエナラプリルとフロセミドの急速投与は、フロセミド単独投与と比較した場合、肺動脈楔入圧の有意な改善をもたらすという明確なエビデンスが存在する(クラスⅡb、LOE弱)。70
- ニトログリセリン軟膏(約12.7mm paste/10kg BW)は、入院の初期24〜36時間に皮膚の毛のない部分または剃った部分に塗布することができる。71, 72 間隔を置いて軟膏を塗布する(12時間塗布して12時間休薬)ことを推奨する委員も存在するが、他の委員はこの使い方はしない(クラスⅡb、LOE弱)。
6.5.3 ステージCの慢性期(通院での)治療に関する推奨事項
- 通常はフロセミド2 mg/kg q12h POで開始し、QOLを維持できる効果が出るまで増量して継続していく。現在、一部の委員はCHFの入院管理中にフロセミドがあまり効かなかった症例に対し、トラセミド(フロセミド投与量の1/10-1/20または約5-10%、または約0.1-0.3mg/kg q24h 73 )を代わりに処方している(クラスⅠ、LOE中)。
- QOLを維持するのに必要ないかなる投与量(または同等のトラセミド)のフロセミドだとしても、ピモベンダン、ACEI、スピロノラクトンを適切に投与している上で、持続的にフロセミド8mg/kg q24 PO以上で投薬する必要がある場合はステージDへの進行を意味する。利尿薬耐性の原因となる既知の考慮事項には、ノンコンプライアンス(例:薬剤投与ができていない)、ナトリウム摂取量過多、吸収遅延(例:腸管浮腫)、腎尿細管内腔への分泌障害(例:慢性腎臓病、高齢、NSAIDs服用中)、低タンパク血症、低血圧、ネフロンリモデリング、神経ホルモンの活性化などが含まれる(クラスⅠ、LOE弱)。
- ステージC心不全の動物ではフロセミドを開始して3〜14日後に血清クレアチニン、BUN、電解質濃度の測定を推奨する(クラスⅠ、LOE弱)。
- ACEIを選択する場合、ACEI(例:エナラプリルまたはベナゼプリル0.5mg/kg PO q12h)または同等の用量の別のACEIを継続または開始する。ステージC心不全の動物ではACEIを開始して3〜14日後に血清クレアチニン、電解質濃度の測定を推奨する。血清クレアチニン濃度がベースラインの30%以上増加した場合、急性腎障害を発症していると考える(クラスⅠ、LOE弱)。
- スピロノラクトン(2.0mg/kg PO q12-24 h)はステージC心不全の慢性治療の補助として推奨する。この状況でのスピロノラクトンの主な利点はアルドステロン拮抗作用であると考えられている(クラスⅠ、LOE中)。74, 75
- ピモベンダンを0.25-0.3mg/kg PO q12hで継続する(クラスⅠ、LOE強)。76, 77
- MMVDによる重度のCHF(例:心原性肺水腫)に対してβブロッカーを開始することは推奨しない(クラスⅣ、LOE弱)。
- ステージCの心不全の慢性治療にルーチンでニトログリセリンを使用している委員はいない(クラスⅢ、LOE意)。
- 投与計画を守り用量調整を行うためのサポートを飼い主へ行うと同時に、適切なBW、食欲、呼吸数、心拍数のモニタリングを行うための自宅用治療計画を指導することを推奨する(クラスⅠ、LOE意)。
上記のうち安静時呼吸数の増加は代償不能期へ近づいていることを示す最良の指標である(クラスⅠ、LOE中)。78, 79
- 合併症の発生率が低い施設で僧帽弁形成術を行う場合、ステージCの症例では利益が見込める(クラスⅠ、LOE中)。61, 63
- 心房細動を合併した場合、ジルチアゼム{ジゴキシンを組み合わせることもある(下記参照)}で心拍数をコントロールすることが推奨される。ジルチアゼムの用量、用法は多種多様であり、心拍数を適切にコントロールできるように調節して治療を開始するべきである。安定した薬物投与計画でCHFが制御されている犬で、理想的にはホルター心電図で測定した平均心拍数が正常~125回/分未満となるようにするべきである(クラスⅠ、LOE中)。80, 81
- 投薬後約8時間の血漿中濃度(定常状態)を0.8-1.5ng/mLとするためにジゴキシン0.0025-0.005mg/kg PO q12h投与する。持続的な心房細動を合併している場合のみ、心拍数を下げる目的でステージC心不全の慢性治療にジゴキシンの追加投与を推奨する。これらの場合、ジゴキシンは一般的にジルチアゼムと組み合わせて使用される。ジゴキシンの副作用や毒性に対するリスクの高い症例(例:血清クレアチニン濃度上昇、心室期外収縮、飼い主が投薬計画を厳守できない可能性、間欠的に嘔吐や下痢を起こす慢性消化器疾患)では使用できない場合もある(クラスⅡb、LOE中)。82
- ステージC心不全発症前からβブロッカーを投与されていた症例では、委員の大多数はβブロッカーを継続する。心拍出量の低下に関連する臨床的症状、低体温、徐脈などが見られた場合には、委員の一部は投与量の削減を検討している(クラスⅡB、LOE意)。
- 委員の一部は、鎮咳薬が有用なMMVDステージC心不全症例が時々いると考えている(クラスⅡa、LOE意)。
- 委員の一部は、気管支拡張薬が有用なMMVDステージC心不全症例が時々いると考えている(クラスⅡb、LOE意)。
6.5.4 ステージCの食事療法に関する推奨事項
- 心臓悪液質は、臨床的な体重減少を伴うまたは伴わない、心不全に関連する筋肉または除脂肪体重の減少と定義される。悪液質は予後にかなりの悪影響を及ぼし、治療よりも予防の方がはるかに簡単である(クラスⅠ、LOE中)。83, 84
- CHFで起こりやすい体重減少を最小限に抑えるために、適切なカロリー摂取量を維持する(ステージCの維持カロリー摂取量は約60kcal/kg-BW)。85, 86 食欲を改善するための簡単な調理戦略(例:食事を温める、ウェットフードとドライフードを混ぜる、いろいろな食べ物を与えてみる)はこの目標を達成する上で有益であるかもしれない(クラスⅠ、LOE中)。
- 食欲不振の原因を明確に調べて、薬物誘発性やその他特定可能な原因の治療を行う(クラスⅠ、LOE意)。
- 診療所を訪れるたびにBCSと症例の正確な体重を記録し、臨床的意味のあるBCSや体重の増減の原因を精査する(クラスⅠ、LOE意)。
- 重度の腎不全が合併していない限り慢性腎臓病用の低タンパク質食を避け、適切なタンパク質摂取量を確保する(クラスⅠ、LOE中)。83
- すべての食事源(ドッグフード、おやつ、ヒトの食べ物、投薬補助食品)のナトリウム量を考慮しナトリウム摂取量を適度に制限し、加工食品やその他の高塩分食品を避ける(クラスⅠ、LOE中)。87, 88
- 血清電解質濃度をモニタリングする。低カリウム血症が確認された場合には天然のまたは人工の供給源を用いて食事でカリウムを補う。委員の経験的にはトラセミドを投与されている動物で低カリウム血症が起こりやすい(クラスⅠ、LOE意)。
- 利尿薬でCHFを治療している症例では、スピロノラクトンとACEIを併用している症例でも、高カリウム血症は比較的稀である。高カリウム血症が存在する場合カリウム含有量の高い食事は避けるべきである(クラスⅠ、LOE意)。
- 特に心不全が進行している時や不整脈のある時は、血清マグネシウム濃度をモニタリングすることを考慮すべきである。低マグネシウム血症の場合はマグネシウムを補給する(クラスⅡa、LOE意)。
- 特に食欲不振、筋肉喪失、不整脈のある犬ではオメガ3脂肪酸の補給を検討する(クラスⅡa、LOE中)。86
6.6ステージD
MMVDによるステージC心不全の標準的な治療に抵抗性を示す症例をステージDとする。したがってステージDは、心不全をコントロールするためにその他の標準的な薬剤(例:ピモベンダン0.25-0.3mg/kg PO q12h、標準的な用量の適切なACEI、スピロノラクト2.0mg/kg/day)を併用しているにもかかわらずフロセミド8mg/kg/day以上または同等のトラセミドの投与を必要とする犬と定義される。標準的治療に抵抗性を示す前に必要ならば抗不整脈薬を使用し、洞調律の維持や心房細動による過剰心拍数の調節(1日の平均心拍数<125 /分)81 を行うべきである。
この様な症例集団に対する薬の効果と安全性に関する臨床試験はほとんど存在しないため、循環器専門医は治療オプションの選択肢が複雑な中で標準的な薬物治療に抵抗性を示す心不全を治療している。臨床試験のエビデンスが比較的不足しており、末期心不全の臨床症状が多様であるため、ステージDに対する薬物治療および食事療法の戦略に関する有意義なコンセンサスガイドラインの作成は困難である。
ステージDへの僧帽弁を修復する外科的介入は可能であるが、これまでに報告されたデータでは周術期死亡率の上昇と全生存率の低下が示されている。61
ステージCと同様に心不全の薬物療法は病院内(急性期)および通院による在宅(慢性期)の両方について、食事療法は慢性期について推奨事項を示す。
6.6.1 ステージD(治療抵抗性心不全)の診断に関する推奨事項
・ステージDは標準的治療に抵抗性のステージC症例と定義されるため、ステージCと同じ診断手順に加えガイドラインで概説したステージCの治療に反応しない場合に診断される。
6.6.2 ステージDの急性期(病院での)治療に関する推奨事項
・重度の腎不全(例:血清クレアチニン濃度>3 mg/dL)がない場合、治療抵抗性心不全と診断された呼吸困難症例にフロセミドの追加投与を行う。最初に2mg/kg IVをボーラス投与し、その後呼吸困難(呼吸数と努力性呼吸)が減少するまで、または4時間以上経過するまで、ボーラス投与またはCRI(0.66-1mg/kg/h)の追加投与を行う(クラスⅠ、LOE意)。
・フロセミドに十分に反応しなくなった犬には強力な長時間作用型ループ利尿薬であるトラセミドが使えるかもしれない(0.1-0.2mg/kg q12-24hまたはフロセミドに対するトラセミドの等価用量であるフロセミド投与量の約5-10%)。28 トラセミドによる利尿は、犬や馬で示されているフロセミドCRIによる利尿と同様に、より頻回なフロセミドの投与よりもレニン–アンジオテンシン–アルドステロン系の活性化を起こしずらいようである。89, 90 一度利尿薬投与を始めたら症例が自由飲水できるべきである(クラスⅠ、LOE意)。
・呼吸困難や不快感を和らげるために必要ならば体腔の穿刺(腹腔穿刺、胸腔穿刺)を行う(クラスⅠ、LOE意)。
‐ステージCのような酸素補給(上記)に加えて機械的な呼吸補助を行うことは、投薬が効果を発揮するまでの時間を稼ぐこと、症例を快適にすること、MMVDの急性増悪期(例:重度の心原性肺水腫を伴う腱索断裂)に起こる突然の僧帽弁逆流量の増加に対して左房を拡大させて対応するまでの時間を稼ぐこと、差し迫った呼吸不全に適応するまでの時間を稼ぐことに有用かもしれない(クラスⅠ、LOE弱)。91
・可能な症例では動脈血圧を慎重にモニタリングしながらより積極的に後負荷を軽減すること(動脈血管拡張)を推奨する。機械的な人工呼吸や、血管拡張薬または陽性変力薬のIV投与が必要な場合、可能であれば非観血的血圧測定法よりも末梢動脈カテーテル法による動脈圧のモニタリングが好まれる。経口投与薬による後負荷軽減や陽性変力作用(例:ピモベンダン、ピモベンダン+ヒドララジンまたはアムロジピン)の効果発現を待つことができないと判断された犬では、ニトロプルシドナトリウム(後負荷軽減)やドブタミン(特に低血圧症例での陽性変力作用)をほとんどの委員が推奨している。69 両方とも1.0μg/kg/minの投与量で開始し、最大約10-15μg/kg/minまで15-30分毎に漸増できる。血行力学的状態の改善と治療抵抗性心原性肺水腫のコントロールのために12-48時間この用量で使用できるかもしれない。この治療の潜在的なリスクを最小限に抑えるために、継続的なECGと血圧のモニタリングを推奨する(クラスⅡa、LOE弱)。
・この状況で後負荷を減少させる潜在的に有効な経口薬には、ヒドララジン{0.5-2.0mg/kg PO、上記のニトロプルシドで示した様に(しかし漸増は1時間毎)低用量で開始し効果が出るまで増量していく}や、アムロジピン(約0.05-0.1mg/kg PO、こちらも効果が出るまで増量していくが薬の最大効果が得られるまでに3時間かかるためよりゆっくりと漸増する)がある(クラスⅠ、LOE意)。
ACEIとピモベンダンに加えてこれらの投薬を推奨する。重度で持続する低血圧を回避するために警戒する必要がある(血圧を注意深く監視し、収縮期動脈血圧>85mmHg、または平均動脈血圧>60mmHgを維持する)。投薬を開始して24〜72時間以内に血清クレアチニン濃度を再評価するべきである。
重度のMRおよび心不全の状況下での後負荷の減少は心拍出量を大幅に増加させる可能性があるため、動脈血管拡張薬の投与が血圧を必ずしも低下させる訳ではないと委員は強調している(クラスⅡa、LOE意)。
・臨床的に肺高血圧症の合併が推定されるMMVDによるステージDの心不全を治療するためにシルデナフィル(委員は1-2mg/kg PO q8hで開始し必要に応じて調節して用いている)を投薬する。重度の僧帽弁逆流の直接的な結果として、またはMMVDと関連のない併存疾患{失神、発咳、息切れ(呼吸困難)などの臨床症状の原因、稀にレントゲン上で明らかな肺浸潤の原因となりうる疾患}の結果として、肺高血圧症は頻繁に認められるMMVDの合併症である(クラスⅠ、LOE:中等度)。92, 93 左側心疾患症例における腹水または頸静脈怒張は肺高血圧症の存在を示唆しており、確定診断を付けシルデナフィルが効果的な可能性のある症例を特定する(クラスⅡa、LOE弱)。
・ピモベンダンの投与量を0.3mg/kg PO q8h(適応外使用)へ増やす;委員の一部は自宅での最終投与時刻に関係なく、入院時に急性肺水腫のステージD症例へピモベンダンを追加投与する。この推奨用量は米国食品医薬品局が承認したピモベンダンの使用量の範囲外(適応外使用)であり、使用の際には飼い主に説明し了承を得る必要がある(クラスⅡa、LOE意)。
・委員の一部は入院症例の心原性肺水腫の治療において気管支拡張薬による補助的治療を推奨している(クラスⅡb、LOE意)。
6.6.3 ステージDの慢性期(通院での)治療に関する推奨事項
・フロセミド(またはトラセミド)は、腎機能障害(投与量を増やした後12〜48時間後に通常は確認する)による制限がない場合、肺水腫や体腔内液体貯留を減らすことができる用量まで増やしていくべきである。食欲不振は心不全に対する薬に関連した高窒素血症の発症リスクを高める可能性がある。投与量を増量していく具体的な方法(例:q12hと同じ日量でq8hに変更、q4h POをq24h SCに変更、体重、首周、腹周に基づいた上での様々な用量でのSC)は委員間で大きく異なった。利尿薬耐の簡単な説明についてはステージC(上記)参照。(クラスⅡa、LOE意)
・強力な長時間作用型ループ利尿薬であるトラセミドは、フロセミドに十分反応しなくなった犬の治療に使用できる(トラセミドの開始投与量は0.1〜0.2mg/kg PO、または現在のフロセミド投与量の約5-10%、最大約0.6mg/kgまで増量可能、必要に応じてq12hに分割)(クラスⅠ、LOE中)。94
・スピロノラクトンは、ステージCで推奨されているようにまだ開始されていない場合、ステージDの慢性期治療に適応される(クラスⅠ、LOE中)。74
・βブロッカーは、心房細動による心拍数制御補助のために使用されてない限り、通常このステージで開始すべきではない(クラスⅣ、LOE意)。
・ヒドロクロロチアジドは、フロセミドまたはトラセミドの補助として、様々な投与スケジュール(2〜4日ごとの断続的な使用を含む)で何人かの委員に推奨された。委員の一部は個人的な経験に基づいて、急性腎不全および著しい電解質障害のリスクを警告した(クラスⅡb、LOE意)。
・ 委員の一部は、ピモベンダンの投与量を0.3mg/kg q8h(適応外使用;上記の急性期治療と同様に飼い主への説明と注意が必要)や、繰り返し急性期へ陥る場合にはそれ以上に増量する(クラスⅡa、LOE意)。
・アムロジピンやヒドララジン(上記の投与量と注意を参照)を用いた更なる後負荷の軽減は、血行力学的改善や発咳頻度の軽減を期待できる。
・ステージDの心房細動の治療にも、ステージCで委員の一部が推奨した投与量(比較的低い)のジゴキシンを具体的な禁忌がない場合には推奨する(クラスⅡb、LOE中)。82
・委員の一部は、正常洞調律の症例を含むすべてのステージDの症例に対しても、ステージCで委員の一部が推奨した投与量(比較的低い)のジゴキシンを具体的な禁忌がない場合には推奨している(クラスⅡb、LOE意)。
・心エコー検査上中等度から重度の肺高血圧症所見がある場合、シルデナフィル(1-2mg/kg PO q8h)が運動不耐性や腹水の管理に役立つかもしれない(クラスⅡa、LOE弱)。95
・活動性細胞膜の安定化とジギタリス飽和をした上でβブロッカーを投与すれば、心房細動に対する心室反応率を低下させる可能性があるが、βブロッカーの陰性変力作用に注意が必要である(クラスⅡb、LOE意)。
・既に開始されているβブロッカーを休薬するべきではないと委員の大多数は感じていたが、他の薬剤の追加によって息切れを制御できない場合や、徐脈、低血圧が存在する場合には、投与量の減量が必要となる可能性がある(クラスⅡb、LOE意)。
・通院治療中のステージDの慢性難治性発咳の治療に委員の一部は鎮咳薬を推奨している(クラスⅡa、LOE意)。
・通院治療中のステージDの慢性難治性発咳の治療に委員の一部は気管支拡張薬を推奨している(クラスⅡb、LOE意)。
6.6.4 ステージDの食事療法に関する推奨事項
・ステージCの食事療法に関する推奨事項(上記)が全て適応される。
・うっ血による水分蓄積が治療抵抗性の症例では、食欲や腎機能を損なわない範囲で食事中のナトリウム摂取量をさらに減らすように試みる(クラスⅡa、LOE意)。
- Keene BW, Atkins CE, Bonagura JD, et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J Vet Intern Med. 2019;33:1127–1140. https://doi.org/10.1111/ jvim.15488
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- © 2019 The Authors. Journal of Veterinary Internal Medicine published by Wiley Periodicals, Inc. on behalf of the American College of Veterinary Internal Medicine.
- CONFLICT OF INTEREST DECLARATION: Bruce W. Keene—Consulted for Boehringer Ingelheim and CEVA Animal Health. Clarke E. Atkins—Consulted for Boehringer Ingelheim and CEVA Animal Health. John D. Bonagura —Consulted for Boehringer Ingelheim, IDEXX and CEVA Animal Health. Philip R. Fox—Consulted for Boehringer Ingelheim, IDEXX and CEVA Animal Health. Jens Häggström—Consulted for Boehringer Ingelheim, IDEXX and CEVA Animal Health. Virginia Luis Fuentes—Consulted for Boehringer Ingelheim and CEVA Animal Health. Mark A. Oyama—Consulted for Boehringer Ingelheim, CEVA Animal Health, and IDEXX. John E. Rush—Consulted for Boehringer Ingelheim and IDEXX. Rebecca Stepien—Consulted for Boehringer Ingelheim and IDEXX. Masami Uechi—Consulted for Boehringer Ingelheim and TERUMO Corporation.
- This article is a Japanese translation of the above ACVIM guidelines for MMVD in dogs.
ます。