人間と同じように、猫にも病気を予防するためのワクチン接種は、健康を守り長生きにつなげる重要な手段です。重篤化・致死率の高い感染症から愛猫を守るには、科学的根拠に基づいた個別化ワクチネーションが欠かせません。
特にインターネット上では「完全室内飼いだからワクチンは必要ない」「ワクチンは3年に1回で十分」といった言葉を目にすることがあります。確かに部分的には科学的根拠に基づいた意見なのですが、その一部だけが切り取られて広まり、誤解を招いているのが現状です。
この記事では、猫のワクチンで予防できる病気の種類や症状、予防接種の費用相場、適切な接種時期や回数について、国際的なガイドラインと国内の事情を交えて詳しく解説します。
ワクチンが存在する猫の病気は?症状は?
世界小動物獣医師会(WSAVA)などの最新指針では、**全ての猫に推奨される「コアワクチン」**と、生活環境によって必要性が変わる「ノンコアワクチン」に分類されます。過剰接種を避ける観点から、成猫のコアワクチンは低リスクなら3年ごと、ただし高リスク猫では年1回も検討とされています。
コアワクチン(全猫に必要)
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猫汎白血球減少症(FPV)
猫パルボウイルスによる急性胃腸炎。特に子猫は致死率が非常に高く、数日で急速に悪化することもあります。 -
猫ウイルス性鼻気管炎(FHV)
猫ヘルペスウイルスによる「猫風邪」。くしゃみ、鼻水、目やになど。子猫や高齢猫では衰弱して命に関わることも。 -
猫カリシウイルス感染症(FCV)
猫風邪のもう一つの原因。口内炎や舌の潰瘍が特徴で、肺炎を併発すると致死的。
ノンコアワクチン(生活リスクに応じて)
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猫白血病ウイルス感染症(FeLV)
接触や咬傷、母子感染で広がり、持続感染によりリンパ腫や重度の貧血を引き起こす。特に子猫では必須とされる。 -
猫免疫不全ウイルス感染症(FIV)
いわゆる猫エイズ。咬傷で感染し、数年後に免疫不全が進行する。国内ワクチンはすでに販売終了。 -
猫クラミジア感染症(Chlamydia felis)
結膜炎を主体とする感染症で、多頭飼育環境では流行しやすい。子猫では肺炎の危険もある。
猫のワクチンの種類と値段
3種混合ワクチン(コア:FPV/FHV/FCV)
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ビルバゲン® CRP(ビルバック)
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ピュアバックス® RCP(ベーリンガーインゲルハイム)
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フェロセル® CVR(ゾエティス)
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ノビバック® TRICAT(MSDアニマルヘルス)
4種混合ワクチン(3種+FeLV)
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ピュアバックス® RCP-FeLV(ベーリンガー)
5種混合ワクチン(3種+FeLV+Chlamydia felis)
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ピュアバックス® RCPCh-FeLV(ベーリンガー)
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フェロバックス® 5(ゾエティス)
費用の目安(病院・地域によって変動あり)
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3種混合:3,000~8,000円
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4~5種混合:5,000~10,000円
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抗体検査(FPVなど):6,000~9,900円
猫にワクチンを打つ時期は?
子猫の場合
子猫は母猫からの移行抗体(母乳由来免疫)の影響を受けるため、早すぎる接種では十分な効果が得られないことがあります。そのため、**「最終接種を16週齢以降に行うこと」**が非常に重要とされています。
標準プロトコル
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開始:6週齢から接種可能
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間隔:3〜4週ごとに追加接種
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最終:少なくとも16週齢で最終接種(高リスク環境では20週齢まで続けることも推奨)
最少回数プロトコル(一般家庭向けに選択可能な方法)
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8週齢:1回目
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12週齢:2回目
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16週齢:3回目(最終)
👉 この場合、合計3回の接種で完了できます。
ただし、母猫が高い抗体価を持っていた場合には12週齢での接種が干渉を受ける可能性があり、より確実性を求めるなら6か月齢で追加接種を行うことが望ましいです。
成猫の場合
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子猫期のシリーズ+1年後のブースターを完了していることが前提。
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その後は、低リスクなら3年ごと、リスクが高ければ毎年1回。
FeLVワクチンも接種する場合(単体ワクチンは国内入手不可)
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初年度に2回接種→1年後追加
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以後はリスクに応じて1~3年ごと
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接種前に必ず陰性を確認
国内事情:なぜ「毎年1回」が基本なのか?
日本では犬と違い、猫のワクチン接種に法的義務はありません。接種間隔の目安はすべて「ワクチンの添付文書」に基づいており、多くの製品には「初年度接種後は毎年1回」と記されています。そのため、動物病院で「年1回の接種が基本」と案内されるのが一般的です。
一方、国際的なガイドラインでは「健康で完全室内飼育の猫なら3年ごとで十分」という科学的根拠があります。つまり、日本の制度と国際的な科学的知見の間には隔たりがあるのです。
飼い主の中には「毎年本当に必要なのか」「副作用が心配」という不安を持つ方も少なくありません。現場では、そうした声に応えるために抗体検査を取り入れたり、生活環境に合わせて接種間隔を調整したりする工夫がなされています。完全室内飼育の猫では、獣医師の説明と飼い主の同意を前提に、3年ごととするケースも見られます。一方で、外に出る猫や多頭飼育環境では感染リスクが高いため、年1回の接種を続ける方が安心です。
さらに、日本独自の事情として、ペットホテルや動物病院では「1年以内の接種証明」を求められることが多い点があります。たとえ科学的には3年で十分であっても、施設利用を考えると毎年接種しておいた方が無難な場合もあるのです。
結局のところ、日本での現実的な落としどころは「基本は毎年。ただし完全室内で低リスクの猫では、飼い主が理解したうえで3年ごとに延ばすことも可能」という形です。ワクチネーションプランは一律に決まるものではなく、猫の生活環境、健康状態、そして飼い主の思いを大切にしながら、かかりつけ獣医師と一緒に組み立てていくものなのです。
完全室内飼育と感染リスク
「うちの猫は完全室内飼いだから、ワクチンは必要ないのでは?」──これは飼い主からよく寄せられる質問です。確かに、外に出る猫と比べれば感染のリスクは大きく下がります。しかし、「ゼロになるわけではない」という点には注意が必要です。
猫汎白血球減少症(FPV)は、環境中で非常に強いウイルスで、人や物を介して家庭内に持ち込まれることがあります。靴底や衣類に付着して運ばれることもあるため、完全室内飼育でも理論的には感染の可能性が残ります。実際、外猫との接触がない家庭でも、室内猫がFPVに感染した事例は報告されています。
一方で、猫ヘルペスウイルス(FHV)や猫カリシウイルス(FCV)、猫白血病ウイルス(FeLV)、猫免疫不全ウイルス(FIV)、そしてクラミジア(Chlamydia felis)は、主に猫同士の直接的な接触で広がる病気です。したがって、単独で完全室内飼育されている猫では、これらの感染症にかかるリスクはほとんどありません。
とはいえ、暮らしの中でリスクが“ゼロ”になることはありません。里親として新しい猫を迎えるとき、ペットホテルに預けるとき、病院で他の猫と接触するとき──不意に感染のチャンスは生じます。
そのため、国際的なガイドラインでは「完全室内猫であっても、FPV/FHV/FCVのコアワクチンによる基礎免疫は必須」と強調されています。そのうえで、成猫になった後の追加接種の頻度については、環境や生活スタイルに応じて調整すればよいとされています。
つまり、完全室内飼育は猫を多くの病気から守る大きな武器になりますが、ワクチン接種を全く不要にするわけではありません。最も現実的なのは、「基礎免疫は必ず行い、その後は生活環境を踏まえて接種間隔を見直す」という考え方です。
ワクチンの副作用も理解しておく
ワクチンには大きなメリットがある一方で、副作用が起こる可能性もあります。副作用は大きく分けて即時型反応と遅発型反応があり、それぞれ発症時期や重症度が異なります。
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即時型反応(接種後30分以内が多い)
代表例はアナフィラキシーショックです。呼吸困難、顔の腫れ、嘔吐、虚脱などが見られることがあります。ただし発生率は非常に低く、数千〜数万回の接種に1回程度とされています。動物病院で接種後しばらく待機するのは、このリスクに備えるためです。 -
遅発型反応(数時間〜数日後に出ることが多い)
軽度の発熱や元気消失、食欲低下などがよく見られますが、多くは数日で自然に回復します。 -
注射部位肉腫(FISS)
特に注意が必要なのが、ワクチンを含む注射の部位に長期間残るしこりが、まれに悪性腫瘍(線維肉腫など)へ進行することがあるという点です。発生頻度はおよそ数千〜数万頭に1頭とされ、極めてまれですが、一度発症すると外科的に大きく切除しなければならないこともあります。
このリスクを減らすために、国際的には「肩甲間や背中ではなく、四肢の遠位部や尾部に接種する」ことが推奨されています。万が一肉腫ができた場合でも、四肢の末端であれば外科的切除がしやすいためです。また、“3-2-1ルール”──「しこりが3か月以上続く」「直径2cmを超える」「1か月で大きくなる」場合は病理検査を行う──も広く推奨されています。
まとめ
日本における猫のワクチン接種は、添付文書の記載に基づいて「毎年1回」が基本とされています。一方で、国際的なガイドラインでは、完全室内で低リスクの猫であれば「3年ごとでもよい」とする見解も示されています。しかし、この考え方が単独で広まってしまうと誤解を招き、「すべての猫に当てはまる」と思われがちです。
また、「完全室内だから安全」というのも正しくはありません。猫汎白血球減少症(FPV)のように、環境中で長く生き延びるウイルスは、人や物を介して室内に持ち込まれる可能性があります。そのため、完全室内飼育であっても基礎免疫は欠かせません。
もちろん、ワクチンには副作用のリスクもあります。ほとんどは軽度で一過性ですが、稀に深刻なものが起こることもあります。だからこそ、必要以上に怖がるのではなく、リスクを正しく理解し、冷静に判断することが大切です。
最終的に最適な接種プランは一律に決められるものではありません。愛猫の生活環境や健康状態、そして飼い主の思いを考慮しながら、かかりつけの獣医師と相談して決めていくことが、何よりも安全で確実な方法なのです。