【獣医師監修】猫白血病ウイルス感染症とは?症状・感染経路・予防法を解説

「猫白血病ウイルス(FeLV)感染症」は、猫の飼い主様にとって非常に気になる病気の一つです。その名前から重篤な病気を想像し、不安に思う方も少なくないでしょう。この病気は、猫の血液や免疫システムに深刻な影響を与えるウイルス性の感染症で、ネコ科の動物にのみ感染します。

しかし、感染したからといって、すべての猫がすぐに重い症状を示すわけではありません。正しい知識を持つことで、適切な対応や予防が可能になります。

この記事では、猫白血病ウイルス(FeLV)感染症の原因や感染経路、具体的な症状、検査方法、そして最新の治療法やワクチンによる予防策に至るまで、飼い主様が知っておくべき情報を網羅的に解説します。大切な愛猫をこの病気から守るために、ぜひ最後までご覧ください。

猫白血病ウイルス(FeLV)感染症とは

猫白血病ウイルス(FeLV)感染症とは、具体的に猫の体にどのような影響を及ぼすのでしょうか。まずは、この病気が引き起こされるメカニズムから詳しく解説します。

正常な体のメカニズム

猫が健康に生きていくためには、酸素を運ぶ「赤血球」や、ウイルスなどの異物から体を守る免疫機能を持つ「白血球」といった血液細胞が不可欠です。これらの血液細胞は、骨の中心部にある「骨髄」という組織で、血液細胞の元となる「造血幹細胞」から作られています。体が必要とするとき、骨髄は造血幹細胞に働きかけ、赤血球や白血球の生産を調整しています。

猫白血病ウイルス(FeLV)が骨髄に悪影響を及ぼす

猫白血病ウイルス(FeLV)は、この生命維持に重要な骨髄の働きを狂わせてしまいます。ウイルスに感染すると、骨髄の機能に異常が生じ、血液細胞の生産が止まってしまったり、逆にコントロールを失って過剰に生産されたりするのです。

多くの場合、血液細胞の生産が抑制され、赤血球、白血球、血小板が減少します。これにより、重度の貧血や免疫不全が引き起こされ、呼吸困難や感染症にかかりやすい状態になります。

稀なケースでは、血液細胞が過剰に作られることもあります。特に白血球が異常に増殖すると、がん化した細胞が血管を詰まらせたり、正常な組織を破壊したりします。この状態が「白血病」と呼ばれる由来です。また、ウイルスが特定の細胞にのみダメージを与え、赤血球は作られずに白血球だけが増えるといった複雑な病態を示すこともあります。

猫白血病ウイルス(FeLV)とは

猫白血病ウイルス(FeLV)は、ガンマレトロウイルスに属するRNAウイルスの一種です。このウイルスは、感染した猫の唾液、鼻水、涙、糞尿、母乳などに含まれており、感染猫との接触によって他の猫に感染が広がります。

主な感染経路には、グルーミング(毛づくろい)やケンカによる咬み傷、食器やトイレの共有などが挙げられます。そのため、屋外で他の猫と接触する機会が多い社交的な猫は感染リスクが高いとされています。また、母猫から胎児や子猫へ感染する母子感染も起こります。ただし、ウイルスに接触したすべての猫が持続的に感染し、発症するわけではありません。

FeLVのサブタイプ

FeLVのサブタイプ
  • FeLV-A
  • FeLV-B
  • FeLV-C
  • FeLV-T

FeLVにはいくつかのサブタイプが存在し、それぞれ病原性が異なります。感染したすべての猫からは「FeLV-A」が検出され、これが猫から猫へ感染する基本的なタイプです。

山口大学共同獣医学部の西垣一男教授らが2008年に行った調査では、日本の各都道府県に所在する47の動物病院から1770体の猫の血液サンプルを収集し、日本には海外とは異なる独自のウイルス系統(G I, G II, G III)が存在することが報告されており、国内での病原性研究の重要性が示唆されています。

FeLV-A

すべてのFeLV感染猫で見つかる最も基本的なタイプです。免疫力の低下に直接関与し、このタイプのみが猫同士で水平感染(接触による感染)します。

FeLV-B

FeLV-Aと猫自身の遺伝子が作用して生まれると考えられています。リンパ腫をはじめとする各種腫瘍の発生に関連が深いタイプです。

FeLV-C

FeLV-Aの遺伝子変異によって生じる亜種で、サブタイプの中で最も病原性が高く、重度の再生不良性貧血を引き起こす原因となります。

FeLV-T

このタイプもFeLV-Aの遺伝子変異から生まれます。Tリンパ球を標的とし、深刻な免疫不全を引き起こすことで知られています。


参考
Phylogenetic and Structural Diversity in the Feline Leukemia Virus Env GenePLOS

猫白血病ウイルス(FeLV)の感染経路

猫白血病ウイルス(FeLV)の主な感染経路は、ウイルスを含む唾液や涙、鼻水などの体液を、口や鼻から摂取することによる「持続的な接触感染」です。具体的には、以下のような状況で感染リスクが高まります。

  • 感染猫とのグルーミング(舐め合い)
  • ケンカによる咬み傷
  • 食器や水飲みボウルの共有
  • トイレの共有
  • 母猫から子猫への母子感染(胎盤や母乳を介して)

特に母子感染のうち、胎盤を介して感染した場合は流産や死産に至ることが多く、無事に生まれても健康に育つのは困難です。ただし、FeLVは感染力が比較的弱いため、一度や二度の接触ですぐに感染するわけではなく、継続的で濃厚な接触が主な原因となります。

ネコノミからも感染する可能性

近年の研究により、猫に寄生するネコノミがFeLVを媒介する可能性が指摘されています。2003年のドイツの研究では、FeLV陽性猫の血を吸ったノミの体内や糞からウイルスが検出され、さらにそのノミが吸血する際にウイルスを排出することが示されました。日本でも、ネコノミが寄生している猫はFeLVの感染率が上がるという報告があり、ノミの駆除も重要な予防策の一つと言えます。


参考
Evidence of horizontal transmission of feline leukemia virus by the cat flea ( Ctenocephalides felis)National Library of Medicine

猫白血病ウイルス(FeLV)感染症の特徴

猫白血病ウイルス(FeLV)感染症には、いくつかの重要な特徴があります。このウイルスは、骨髄や腸の上皮など、活発に細胞分裂を行う場所でのみ増殖します。また、種特異性が非常に高く、ネコ科動物以外には感染しません。そのため、人間や犬などの他のペットにうつる心配はありません。

猫白血病ウイルス(FeLV)に感染するケース

代表的な危険因子
  • オス猫(特に未去勢)
  • 放し飼いの猫
  • 成猫
疫学調査の結果(北米)
FeLVの抗原陽性率 2.3%(409頭)
FIV(猫エイズ)の抗体陽性率 2.5%(446頭)
両疾患の複合感染率 0.3%(58頭)

2004年に北米で行われた大規模な疫学調査では、約18,000頭の猫を対象に感染状況が調べられました。その結果、特に感染リスクが高い猫の傾向が明らかになりました。

オス猫

未去勢のオス猫は縄張り意識が強く、行動範囲も広いため、感染猫と接触する機会が増えます。また、メスを巡る争いでケンカをし、咬み傷から感染するリスクが非常に高くなります。調査では、未去勢のオス猫は未避妊のメス猫に比べて感染リスクが2.4倍高いという結果が出ています。

放し飼いの猫

屋外を自由に歩き回る猫は、不特定多数の猫と接触するため、感染の機会が格段に増加します。疫学調査では、症状が出ている放し飼いの猫は、健康な完全室内飼いの猫に比べて感染確率が8.9倍も高かったと報告されています。

成猫

子猫よりも長く生きている成猫は、それだけウイルスに遭遇する機会が多いため、感染リスクが高まります。調査では、生後7ヶ月以上の成猫は、それ未満の子猫よりも感染率が2.5倍高いことが判明しました。


参考
Seroprevalence of feline leukemia virus and feline immunodeficiency virus infection among cats in North America and risk factors for seropositivityNational Library of Medicine

猫白血病ウイルス(FeLV)の感染率

国ごとの感染率
  • アメリカ 2.3%
  • ドイツ・カナダ 3.6%
  • エジプト 4.6%
  • タイ 24.5%

猫白血病ウイルス(FeLV)の感染率は、国や地域によって大きく異なります。これは飼育環境や気候、猫の密度などが影響していると考えられています。

日本での感染率

日本国内でも感染率には地域差が見られます。2002年の日本大学の調査では全体の2.9%でしたが、2008年の山口大学の調査では12.2%と高い数値が報告されました。特に西日本など南部の地域で陽性率が高い傾向にあり、その明確な理由はまだ解明されていませんが、温暖な気候によるネコノミの発生率や、屋外で飼育される猫の割合などが関係している可能性があります。

猫白血病ウイルス(FeLV)の感染から発症まで

感染後にウイルスが排除されない確率(持続感染率)
新生児 90%
生後半年齢 50%
成猫 20%

猫白血病ウイルス(FeLV)に感染しても、すべての猫が発症するわけではありません。猫の年齢や免疫力によって、その後の経過は大きく異なります。健康な成猫であれば、免疫の力でウイルスを撃退し、体から排除できることがあります。しかし、免疫力が未熟な子猫ほどウイルスを排除できずに持続感染に陥りやすい傾向があります。

ウイルスを排除できず持続感染状態になった場合、無症状であっても定期的な健康診断が推奨されます。持続感染した猫の70〜90%は、1年半から3年の間にリンパ腫や貧血などの関連疾患を発症し、亡くなると報告されています。

猫白血病ウイルス(FeLV)感染症の症状

主な急性期症状
  • 食欲不振・体重減少
  • 貧血(歯茎が白くなる)
  • 持続的な下痢
  • 発熱
  • 脱水
  • 鼻水・くしゃみ
  • 口内炎
  • 全身のリンパ節の腫れ

FeLVに感染後、約1ヶ月で急性期の症状が現れることがあります。ウイルスが血液やリンパ節で増殖し、発熱や食欲不振といった元気消失のサインが見られます。その後、ウイルスが骨髄に達すると、より深刻な症状へと進行します。

持続感染で注意すべき症状
  • 病気や傷が治りにくい
  • 慢性的、あるいは繰り返す下痢
  • 歯茎が白っぽい(貧血のサイン)
  • 徐々に痩せてくる(体重減少)
  • 元気がない、あまり動かない

上記のような症状が続く場合、FeLV感染症が進行している可能性があります。特に貧血は命に関わる危険なサインですので、すぐに動物病院を受診してください。

FeLVが原因で引き起こされる主な病気
  • リンパ腫(血液のがん)
  • 腎臓病
  • 慢性口内炎
  • 再生不良性貧血
  • 白血球減少症(免疫不全)
  • 流産・死産

FeLVは免疫力を低下させるため、様々な二次的な病気を引き起こします。中でもリンパ腫と貧血は、FeLV関連疾患の代表的なものです。

FeLV進行の4形態

FeLV進行の4形態
  • 進行型:ウイルスが排除されず、持続的に増殖し続ける最も重いタイプ。
  • 退行型:免疫が働き、骨髄に達する前にウイルスを抑え込むタイプ。
  • 未発達型:感染はするものの、ウイルスが検出できない非常に稀なタイプ。
  • 局所型:ウイルスが全身に広がらず、特定の臓器にとどまる稀なタイプ。

感染後の経過は、猫の免疫力やワクチンの接種状況によって、主に「進行型」と「退行型」に分かれます。

進行型

最も重篤な経過をたどるタイプです。体内に侵入したウイルスがリンパ組織や骨髄で増殖を続け、猫の免疫システムが完全に負けてしまいます。感染した猫は数年以内にFeLV関連疾患で命を落とすことがほとんどです。特に生後2ヶ月未満の子猫が感染すると、大半がこの進行型に移行します。

退行型

猫自身の免疫応答がウイルスの増殖をうまく抑制し、骨髄への侵入を防ぐタイプです。一見、治癒したように見えますが、ウイルスの遺伝子(プロウイルス)は体内に潜伏しています。そのため、将来的に免疫力が低下した際に再活性化するリスクがあり、輸血ドナーにはなれません。

未発達型

感染したにもかかわらず、ウイルスが検出されない非常に稀なケースで、主に実験的な感染で見られます。

局所型

ウイルスが脾臓やリンパ節など、特定の場所に限定されてとどまる珍しいタイプです。

FeLV性貧血

FeLVが骨髄の造血幹細胞に感染すると、赤血球の生産が著しく妨げられ、再生不良性貧血を発症します。これはFeLV感染症における最も一般的な死因の一つです。貧血が進行すると、歯茎や舌の色が白くなり、元気消失や呼吸促迫などの症状が見られます。

FeLV性白血病

ウイルスによって骨髄の造血細胞ががん化し、異常な白血球(リンパ球)が血液中に増殖する状態です。これが「リンパ性白血病」です。正常なリンパ球が減少するため免疫力が極端に低下し、通常では問題にならないような弱い病原体にも感染しやすくなります(日和見感染)。

FeLV性流産

感染したメス猫が妊娠した場合、胎児の死亡や子宮内吸収、流産などが高い確率で起こります。無事に出産できても、子猫はすでに感染している状態であり、生後まもなく死亡する「新生子衰弱症候群」の原因の一つとも考えられています。

FeLV性リンパ腫

猫の悪性リンパ腫の発生には、FeLVが深く関与しています。FeLV陽性猫は、陰性猫に比べてリンパ腫を発症する確率が62倍も高いというデータがあります。さらに、猫エイズウイルス(FIV)にも同時に感染している場合、そのリスクは77倍にまで跳ね上がるとされています。

猫白血病ウイルス(FeLV)検査:いつ、どうやって調べる?\

愛猫がFeLVに感染しているかを知るには、動物病院での検査が必要です。

どんな時に検査すべき?

以下のような場合は、FeLV検査を受けることが強く推奨されます。

  • 新しく猫(特に保護猫や元野良猫)を迎え入れたとき
  • 猫が脱走してしまった後
  • 同居猫がいる状況で、外に出る猫と接触した可能性があるとき
  • 原因不明の体調不良が続くとき

検査のタイミング

FeLVは、感染してすぐに陽性反応が出るとは限りません。一般的に、感染機会があった日から約4週間後以降に検査するのが適切とされています。 一度陽性となっても、猫自身の免疫力でウイルスを排除し、後の検査で陰性(陰転)になることもあります。

主な検査方法

  • 院内検査キット(抗原検査): 少量の血液で、10分〜15分ほどで結果がわかる迅速検査です。多くの動物病院で最初に行われます。
  • PCR検査(外部機関での精密検査): 院内キットより高感度で、ごく初期の感染や、体内に潜んでいるウイルス(プロウイルスDNA)を検出できます。院内検査の結果を確認するために行われることがあります。

【最重要】1回の検査で決めつけない!再検査の重要性

院内検査キットは手軽ですが、100%正確ではありません。ウイルスがいないのに陽性と出る「偽陽性」や、その逆の「偽陰性」の可能性もゼロではありません。 そのため、1回の検査結果だけで確定診断せず、獣医師と相談の上、1〜2ヶ月後に別の方法で再検査を行うことが非常に重要です。

もし陽性と診断されたら?治療法について

現時点では、体内のFeLVを完全に排除する根治治療はありません。 治療の目的は、ウイルスの活動を抑え、FeLVによって引き起こされる様々な症状(口内炎、貧血、リンパ腫など)を和らげ、猫の生活の質(QOL)を維持することが中心となります。

  • 対症療法: 口内炎には消炎剤や抜歯、細菌感染には抗生物質、貧血が重度なら輸血など、現れている症状に合わせて治療を行います。
  • インターフェロン治療: 免疫力を調整し、ウイルスの増殖を抑える効果が期待される治療法です。生存期間を延ばす効果が報告されていますが、ウイルス自体をなくすものではありません。
  • その他: 抗ウイルス薬や免疫調整因子などがありますが、国内で承認されていないものや、副作用への配慮が必要です。

治療方針は猫の状態によって大きく異なるため、必ず獣医師と十分に話し合って決めましょう。

FeLV性の猫との暮らしで大切なこと

FeLVに感染しても、すぐに命を落とすわけではありません。飼い主さんのケア次第で、数年間穏やかに暮らすことは十分可能です。

  • 完全室内飼いの徹底: 他の猫への感染を防ぎ、また愛猫を他の病気から守るために不可欠です。
  • ストレスを与えない: 静かで安心できる環境を整え、免疫力の低下を防ぎましょう。
  • 栄養管理: バランスの取れた食事を与え、免疫力をサポートします。生肉は寄生虫や細菌感染のリスクがあるため避けましょう。
  • 定期的な健康診断: 症状がなくても、半年に1回は健康診断を受け、病気の早期発見に努めましょう。
  • 多頭飼いの場合: 同居猫も必ず検査を受け、陰性であればワクチン接種を検討しましょう。食器やトイレは分けるのが理想です。

5. 愛猫をFeLVから守るための予防法

最も効果的な予防は「感染猫との接触を避ける」こと

そのために「完全室内飼い」が最も確実で効果的な予防法です。

FeLVワクチンの接種

ワクチンを接種することで、感染のリスクを大幅に減らしたり、もし感染しても発症を抑えたりする効果が期待できます。

  • 接種対象: 屋外に出る可能性のある猫や、新しく猫を迎える場合など。
  • 注意点:
    • ワクチンは感染前に接種する必要があります。接種前に必ずFeLV検査を行い、陰性であることを確認します。
    • ワクチンの効果は100%ではないため、接種後も完全室内飼いを心がけることが重要です。

猫白血病ウイルス(FeLV)感染症を正しく理解し、愛猫を守りましょう

猫白血病ウイルス(FeLV)は、飼い主さんにとって不安な病気ですが、その特性を正しく理解することが、愛猫を守る第一歩です。 「外に出さない」「新しい猫を迎えるときは検査をする」「必要に応じてワクチンを打つ」といった予防策を徹底することが何より大切です。

そして、もし愛猫が陽性と診断されても、決して悲観しないでください。適切なケアで支えてあげることで、かけがえのない時間を共に過ごすことは可能です。 少しでも不安や疑問があれば、一人で悩まず、かかりつけの動物病院に相談しましょう。

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