はじめに

血糖値とは血液中のグルコース(ブドウ糖)の濃度を示した値である。

血糖値を低下させるホルモンはインスリンのみであることに対し、上昇させるホルモンにはグルカゴン、コルチゾール、カテコールアミン、成長ホルモンと複数存在する。

グルコースを細胞内に取り込むためにインスリンを必要とする組織(GLUT-4が発現している組織)は筋細胞と脂肪細胞のみであり、神経細胞、赤血球、白血球、血小板などはインスリンを必要としない。

肝細胞もグルコースを取り込むだけであればインスリンを必要としないが、グリコーゲンを合成し糖質を貯蔵するためにはインスリンが必要である。

余談だが鳥類やコウモリの血糖値は高く、反芻類の血糖値は低い。

犬と猫の低血糖

一般的には<60 mg/dLを低血糖とするが、測定器により基準値は異なる。

最低基準値を10-20 mg/dL下回る(基準値が60 mg/dLまでであれば40-50 mg/dL)と臨床症状が現れるが、急激に起こった低血糖と慢性的な低血糖では耐性が異なる。

低血糖の臨床症状は大まかには、交感神経性アドレナリン分泌活性化(震え、過敏、不安、食欲増進、攻撃性)と神経組織糖欠乏(虚弱、ふらつき、行動異常、発作、昏睡)の2つである。

あくまで経験談であるがアルブミン、BUN、Naが正常にもかかわらず、血糖値14 mg/dLで全身皮下浮腫を起こしている猫に遭遇したことがある(要検討)。

低血糖の鑑別

偽低血糖

  • 血漿や血清の遠心分離が遅れると血球の解糖系がグルコースを分解してしまう(Collicutt NB. Vet Clin Pathol.
    2015.)。
  • 遠心分離しても測定が遅れると血球の解糖系がグルコースを分解してしまう。25℃で保存したとき10.8%/時、6.8mg/dl/時の速さで減少する(Bishal C. Adv Anim Vet Sci. 2020.)。
  • 溶血
  • 人用ポータブル血糖値測定機での測定(Wess G. J Am Vet Med Assoc. 2000.)
  • 全血での測定:ヘマトクリットが高いほど影響を受けるが血清、血漿の15%ほど低い値を示す。
  • i-STAT®:臭化物イオン(Br-)の影響

グルコース産生低下

  • 不適切な食事:グリコーゲン貯蔵能が成熟個体よりも低いため、特に仔犬と仔猫(Vroom MW. Vet Q. 1987.)
    成熟個体では絶食による低血糖は通常起こらないため原因精査を推奨する
  • 急性肝障害、末期慢性肝臓病
  • 副腎皮質機能低下症(Syme HM. J Small Anim Pract. 1998.)
  • 門脈体循環シャント:成熟個体の通常の生活では低血糖は起こらない
  • 下垂体矮小症、成長ホルモン分泌不全
  • エチレングリコール中毒、エタノール中毒(Madison LL. Diabetes. 1967.)
  • プロプラノロール
  • 糖原病Ⅰ型(von Gierke病)およびⅢ型(Cori病)

グルコース消費亢進

  • インスリン過剰投与
  • 経口血糖降下薬(スルホニルウレア)
  • キシリトール中毒(Piscitelli CM. Compend Contin Educ Vet. 2010. Murphy LA. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2012.)
  • セイヨウキョウチクトウ(Page C. J Med Toxicol. 2015. Yazihan N. Kafkas Univ Vet Fak Derg. 2013.)
  • インスリンまたはインスリン様物質産生腫瘍

インスリノーマ(Goutal CM. J Am Anim Hosp Assoc. 2012. Madarame H. J Vet Med Sci. 2009. Kraje AC. J Am Vet Med Assoc. 2003. Buishand FO. Vet J. 2012.)

肝細胞腺腫/癌(Thompson JC. NZ Vet J. 1995. Zini E. J Vet Intern Med. 2007.)

平滑筋腫/肉腫(Bagley RS. J Am Vet Med Assoc. 1996. Cohen M. J Vet Intern Med. 2003.)

乳腺癌(Rossi G. Vet Clin Pathol. 2010)

膵島腫瘍(Finotello R. Vet Comp Oncol. 2014.)

形質細胞腫、リンパ腫

腎腺癌(Battaglia L. Vet Res Commun. 2005.)

血管肉腫(Leifer CE. J Am Vet Med Assoc. 1985.)

メラノーマ(Leifer CE. J Am Vet Med Assoc. 1985.)

唾液腺癌(Leifer CE. J Am Vet Med Assoc. 1985.)

  • 大型腫瘍による消費亢進
  • 血球増加:続発性多血症、真性赤血球増加症、白血病
  • 腎性尿糖
  • バルトネラ感染症(Breitschwerdt EB. J Vet Intern Med. 2014.)
  • パルボウイルス感染症
  • 母乳の産生

その他

  • 敗血症(Breitschwerdt EB. J Am Vet Med Assoc. 1981.)
  • 全身性炎症(Hoareau GL. J Vet Emerg Crit Care. 2014.)
  • 膵炎、腹膜炎、心内膜炎
  • バベシア症
  • 心肺停止/蘇生(Hopper K. J Vet Emerg Crit Care. 2014.)
  • α-リポ酸(Loftin EG. J Vet Emerg Crit Care. 2009.)
  • 急性/慢性腎臓病
  • 狩猟犬の運動後低血糖
  • マルチーズのマロン酸尿症(O’Brien DP. J Inherit. Metab Dis. 1999.)
  • 妊娠(Jackson RF. J Am Vet Med Assoc. 1980.)
  • 鶏ドライジャーキー
  • スルホニルウレア

 

低血糖の救急初期対応

  1. 糖を舐めさせる。あらかじめ予想されている場合は50%グルコース液を処方しておく。頬粘膜に塗り付けるだけでも吸収されるため効果がある。1回投与量は誤嚥しない程度にとどめる。
  2. 低血糖が重度な場合は50%グルコース液を1ml/kgで準備し生理食塩水で2倍に希釈する(2ml/kgの25%グルコース液が出来上がる)を5分以上かけてCRIする。

上記の方法でコントロールできない場合、プレドニゾロンの投薬を試みる。または、入院下で5%グルコース液/ソリタ液やグルカゴンの点滴による維持療法を試みる。

インスリノーマの場合、高血糖がインスリン放出刺激となりかえって重度の低血糖を引き起こす可能性がある。インスリノーマの可能性がある場合は45 mg/dL程度の低い値に血糖値を補正する。

低血糖を是正しても発作が治らない場合、低血糖による血液浸透圧の低下が脳浮腫を引き起こしている可能性や、発作の持続による脳神経へのダメージが考えられる。その場合、グリセリン/マンニトール、コハク酸プレドニゾロン、ジアゼパムなどでの治療が効果的である。

 

犬と猫の高血糖

一般的には>130 mg/dLを高血糖とするが、測定器により基準値は異なる。

原因を問わず高血糖が持続し代謝障害が生じた場合に糖尿病と診断される(続発性糖尿病では可能であれば原疾患への治療を行うこと)。

ストレスによる高血糖は一過性であるため糖尿病ではない。

糖尿病の臨床症状には筋細胞/脂肪細胞の細胞飢餓(多食、体重減少、高脂肪血症、糖尿病性ケトアシドーシス)、糖尿(多尿、脱水、気腫性/細菌性膀胱炎)、好中球機能低下(Alba-Loureiro TC. Braz J Med Biol Res. 2007.)、被毛粗剛、猫の末梢神経障害(AP Mizisin. Acta Neuropathol. 2007.)、白内障(特に犬で重度)、前炎症状態/血中活性酸素種増加(Stentz FB. Diabetes. 2004.、Kitabchi AE. 2004.、Hoffman WH. Brain Res. 2009.)などが存在する。

犬では血糖値180-200 mg/dL、猫では血糖値200-280 mg/dLを越えると、原尿中のグルコース濃度が尿細管でのグルコース再吸収能を上回るため、この辺りを治療目標とすることが多い。

糖尿病に関しては本サイトの「犬と猫の糖尿病」のページをご参照ください。

犬と猫の高血糖の鑑別

生理的高血糖

  • ストレス/興奮:猫では400 mg/dLを越えることもある(Rand JS. J Vet Intern Med. 2002.)。
  • 単糖類、二糖類、プロピレングリコール、コーンシロップを含む食事の後2時間以内
  • 発情(Eigenmann JE. Acta Endocrinol. 1983.)

内分泌疾患

  • 原発性糖尿病:犬の免疫介在性(Hoenig M. Vet Immunol Immunopathol. 1992.)、猫の膵島アミロイドーシス(O’Brien TD. Mol Cell Endocrinol. 2002.)など
  • 耐糖能異常
  • 先端肥大症
    猫では成長ホルモン産生性下垂体腫瘍(Hurty CA. J Am Anim Hosp Assoc. 2005.)
    犬では発情期に乳腺から成長ホルモン分泌(Rijnberk A. J Reprod Fertil Suppl. 1997.)
  • 副腎皮質機能亢進症(Hess RS. J Am Vet Med Assoc. 2000.)
  • 褐色細胞腫(Barthez PY. J Vet Intern Med. 1997.)
  • 甲状腺機能亢進症(Hoenig M. Res Vet Sci. 1992.)
  • 甲状腺機能低下症(要検討:Reusch CE. Vet Res Commun. 2002.)
  • グルカゴノーマ(T L Gross. J Am Vet Med Assoc. 1990.)
  • 頭部外傷
  • 犬の肝皮症候群(McNeil PE. Advances in Veterinary Dermatology. 1992.)

膵疾患(Hess RS. J Am Vet Med Assoc. 2000.)

  • 急性膵炎
  • 慢性膵炎:膵外分泌不全や原発性糖尿病を伴う
  • 膵臓外分泌腫瘍

医原性

  • ステロイド系製剤:グルココルチコイドなど(Munck A. Endocrinology, 4th edition. 2001.)
  • プロジェステロン系製剤:プロゲスターゲンなど
  • 酢酸メゲストロール(Peterson ME. Res Vet Sci. 1987.)
  • 甲状腺ホルモン製剤(Renauld A. Acta Diabetol Lat. 1989.)
  • グルカゴン製剤
  • α2作動薬:メデトミジン、キシラジン、デトミジンなど(Thurmon JC. Lumb and Jones’ Veterinary Anesthesia, 3rd edition. 1996.)
  • βブロッカー:プロプラノロール(Dornhorst A. Lancet. 1985.)
  • ケタミン(Lin HC. Lumb and Jones’ Veterinary Anesthesia, 3rd edition. 1996.)
  • モルヒネ(Branson KR. Veterinary Pharmacology and Therapeutics, 7th edition. 1995.)
  • グルコース入り輸液
  • 高カロリー輸液
  • エチレングリコール中毒(Thrall MA. J Am Vet Med Assoc. 1984.)
  • インスリン製剤:ソモギー効果

その他

  • 敗血症の初期(Michie HR. World J Surg. 1996.)
  • 遺伝性:6ヵ月未満のキースホンド(Kramer JW. Am J Vet Res. 1988.)、成犬のサモエド(Kimmel SE. J Am Anim Hosp Assoc. 2002.)
  • 肥満猫(Brennan CL. Domest Anim Endocrinol. 2004.)
    ※肥満犬では起こらない(Hoenig M. Mol Cell Endocrinol. 2002.)

糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)と高浸透圧高血糖症候群(HHS)

糖尿病性ケトアシドーシスは高血糖、尿糖陽性、高ケトン血症、尿中ケトン体陽性などを伴うアニオンギャップ上昇性代謝性アシドーシスにて診断される(English P. Postgrad Med J. 2004.)。

高浸透圧高血糖症候群は重度の高血糖(>600 mg/dL)と高浸透圧(>320 mOsm/kg)にて診断される(Kotas S. J Vet Emerg Crit Care. 2008.、Trotman TK. J Vet Emerg Crit Care. 2013.)。

コントロール容易な糖尿病と違い、これらの重篤な糖尿病では血糖値を上昇させるホルモン(グルカゴン、コルチゾール、アドレナリン、成長ホルモン)が関与している。

高血糖の臨床症状に加え、消化器症状(食欲不振、嘔吐、下痢)、クスマウル呼吸などが認められることがある。

DKAやHHSを引き起こす例(Macintire DK. J Am Vet Med Assoc. 1993.、Bruskiewicz KA. J Am Vet Med Assoc. 1997.、Koenig A. J Vet Emerg Crit Care. 2004.)

  • 急性膵炎(糖尿病性ケトアシドーシス)
  • 胆管肝炎(糖尿病性ケトアシドーシス)
  • 消化管疾患
  • 肺炎
  • 尿路感染症、腎盂腎炎
  • 副腎皮質機能亢進症
  • 腫瘍
  • 慢性腎臓病
  • うっ血性心不全(高浸透圧高血糖症候群)

DKAとHHSの初期救急対応

① 循環血液量が低下している場合は輸液のボーラス投与

ショック時はショックドーズの25%(犬20 mL/kg IV、猫13 mL/kg IV)を投与し反応を確認する(AAHA/AAFP. J Am Anim Hosp Assoc. 2013.)。

参考:ヒトの小児におけるmini-fluid challengeはラクトリンゲル液を2分かけて3 ml/kg IVする(Zorio V. Paediatr Anaesth. 2020.)。

② 静脈点滴開始:脱水、電解質、アシデミアの補正
  • 血中ナトリウム濃度≥130 mEq/Lの場合は乳酸リンゲル液など、<130 mEq/Lの場合は生理食塩水を使用する。
  • 血中カリウム濃度に応じて輸液のカリウム濃度を調整する(下図参照)。

  • 5ml/kg/hで輸液を開始する。
  • 血糖、ケトン体、血糖上昇ホルモンの血中濃度低下効果も期待できる(Kitabchi AE. Endocrinol Metab Clin North Am. 2006.)。
③ 2時間後に再度採血を行い輸液の成分や流量を調整する。

※インスリン療法は静脈点滴開始から6-8時間後に血中カリウム濃度が>3.5 mEq/Lとなっていた場合に開始する。

詳しい治療法については本サイトの「犬と猫の糖尿病」のページをご参照ください。