Na(ナトリウム)
Naは細胞外液の主要な陽イオンであり、細胞外液の有効浸透圧を作っている。
血中Na濃度の変化は体内のNa貯蔵量ではなく細胞外液の水分量の変化を反映していることの方が多い。
そのため、血中Na濃度の変化を評価するためには血漿浸透圧を評価する必要がある。
血漿浸透圧
生体内には膠質浸透圧(毛細血管を半透膜とし主にアルブミンにより形成される血管内の浸透圧)、血漿浸透圧(細胞膜を半透膜とした細胞外液の浸透圧)、細胞内浸透圧の主に3つの浸透圧が存在する。
血漿浸透圧は血漿中の陽イオン、陰イオン、BUN、グルコース、その他(約10 mOsm/kg分)により形成されている。
浸透圧は溶質のモル濃度により形成される(高校で習うファントホッフの法則:π=cRT)。
- 陽イオン:そのほとんどはNaである。1価の陽イオンであるため「mEq/L = mmol/L」
- 陰イオン:主な構成要素であるClイオンと重炭酸イオンは1価の陰イオンであり、Naの電価数と等しいため、総陰イオンのmmol/Lは「Naのmmol/Lとほぼ等しい」(Na×2を代用)
- BUN:分子量は28であるため「mg/dL ÷28 ×10 = mmol/L」(分母のdを消すための×10)
- グルコース:分子量は180であるため「mg/dL ÷180 ×10 = mmol/L」(分母のdを消すための×10)
上記をまとめると
血漿浸透圧(mOsm/kg)≒ [Na; mEq/L] ×2 + [BUN; mg/dL]÷2.8 + [Glu; mg/dL]÷18(mOsm/L)
が成立する。
参照値は犬290-310mOsm/kg 猫300-330mOsm/kgである(Hardy RM. J Am Vet Med Assoc. 1979.、Baker MA. J Physiol. 1982.、Rosenberg GA. 1987.、Dugger DT. J Small Anim Pract. 2013.、Dugger DT. J Vet Emerg Crit Care. 2014.、Chew DJ. Am J Vet Res. 1991.)。
高Na血症
高Na血症は、低張液喪失による細胞外液脱水をメインとする細胞外液量減少型、純粋水欠乏による細胞内脱水をメインとする細胞外液量正常型、体内Na貯蔵量の増加をメインとする細胞外液量増加型の3つに分類される。
細胞外液量減少型と細胞外液量正常型は脱水による血清Na濃度の相対的な増加であり、体内のNa量が多い訳ではない。細胞外液量減少型ではむしろ体内Na貯蔵量は低下している。
また、測定機器の特性による偽高Na血症も存在する。
高Na血症の鑑別
偽高Na血症
- 低蛋白血症
- 低脂肪血症?
細胞外液量減少型
腎臓からの喪失
- 浸透圧利尿
- 糖尿病(Koenig A. J Vet Emerg Crit Care. 2004.、Trotman TK. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2013.)
- マンニトール投薬
- 閉塞解除後利尿
- 腎不全
- 慢性腎臓病(DiBartola SP. J Am Vet Med Assoc. 1987.)
- 乏尿期ではない急性腎傷害
- ループ利尿薬投薬
消化管からの喪失(Jacobs G. J Vet Intern Med. 1990.)
- 嘔吐
- 下痢
サードスペースへの喪失
- 腹膜炎
- 膵炎(Hess RS. J Am Vet Med Assoc. 1998.)
- 皮膚火傷
細胞外液量正常型
水分摂取不足
- 水にアクセスできない
- 意識レベル低下
- 水を物理的に飲めない
- 口渇中枢障害:本態性高Na血症
- 間脳障害:バソプレシン分泌閾値上昇(Marino DJ. Vet Surg. 2014.)
- 低脂肪血症:口渇中枢やバソプレシン分泌障害(Crawford MA. J Am Vet Med Assoc. 1984.、Bach J. J Feline Med Surg. 2014.)
自由水のロスが上回る状態
- 水制限試験を行った尿崩症(Harb MF. J Am Vet Med Assoc. 1996.、Aroch I. J Feline Med Surg. 2005.)
- 熱中症
- 体温上昇などによる不感蒸泄の増加
細胞外液量増加型
過剰摂取
- 食塩中毒
- 医原性
- -高張食塩水、重炭酸ナトリウムなどのNa含有輸液の静脈投与
※特に乏尿期の急性腎傷害や末期の慢性腎臓病の症例で起こりやすい(de Morais HA. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2008.)。 - リン酸Na含有浣腸液(Atkins CE. Am J Vet Res. 1985.)
- -高張食塩水、重炭酸ナトリウムなどのNa含有輸液の静脈投与
- 内分泌疾患
- 原発性アルドステロン症(Ash RA. J Feline Med Surg. 2005.)
- アルドステロン前駆物質分泌腫瘍(Behrend EN. J Am Vet Med Assoc. 2005.)
- 副腎皮質機能亢進症(Ling GV. J Am Vet Med Assoc. 1979.)
高Na血症の害(de Morais HA. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2008.)
細胞外液量の減少では循環血液量減少によるショックなどの臨床症状を引き起こす。
170 mEq/L(350 mOsm/kg)以上の急激な高Na血症は細胞内脱水による神経細胞の萎縮、脳萎縮を起こす。急激な脳萎縮は脳血管を破壊し、出血性脳梗塞を引き起こす(de Morais HA. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2008.)。
それらの結果、筋線維束性攣縮、行動異常、見当識障害、運動失調、発作、嘔吐、食欲不振、嘔吐、虚弱、昏睡などの臨床症状を引き起こす。
緩徐に進行した高Na血症では臨床症状は起こりずらい(de Morais HA. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2008.)。
高Na血症の治療
① まずはじめに循環血液量の補正を行う。細胞外液量正常型であっても必要な場合もある。
症例の血中Na濃度は1.0 mEq/L/hを目安にゆっくりと補正しなけらばならない。
症例の血中Na濃度の±6 mEq/LになるようにNaClを追加した調整電解質輸液を作成する。
循環血液量減少が確実でない場合は急速輸液投与は禁忌である。
② 循環血液量を補正した症例または循環血液量減少が元からない症例では不足している自由水の量を求める。
不足している自由水(L)≒ {血中Na濃度(mEq/L)÷(Naの参照値− 1)}×{0.6×体重(kg)}2
維持輸液または5%グルコース液を用いて1.0 mEq/L/hを目安にゆっくりと補正する。
飲水が可能な場合は飲水の方が好ましいが、この場合も急速な血中Na濃度の低下は禁忌である。
③ 細胞外液量増加型の症例では、フロセミドなどを併用し肺水腫に注意しながら5%グルコース液の慎重投与を行い症例の血中Na濃度を補正する。
④ 症例の血中Na濃度補正は4-6時間毎の血中Na濃度と中枢神経症状をモニタリングしながら行う。
中枢神経症状が突然現れたらidiogenic osmolesによる浸透圧性脳浮腫が疑われるため
20%マンニトール1-3 mg/kg 20分かけてCRI(中心静脈からが望ましい)または
7.2%高張食塩水3-5 mL/kg 20分かけてCRI(中心静脈からが望ましい)を行う。
低Na血症
低Na血症は、体内の水分が過剰な状態(過水和)、Na以外の浸透圧物質によって血管内の水分が過剰な状態(高浸透圧性低Na血症)、Na喪失状態(低浸透圧性低Na血症)、その他の4つに分類される。
また、測定機器の特性による偽低Na血症も存在する。
低Na血症の鑑別
偽低Na血症
- 高蛋白血症
- 高脂血症
過水和
医原性
- 抗利尿薬
- 低張液輸液
- 過剰輸液
- 腸への過剰な水分投与
- モルヒネなどのオピオイド(Lucas AN. J Am Vet Med Assoc. 2001.)
- バルビツレート(Campbell VL. J Vet Emerg Crit Care. 2009.)
- 笑気
抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)
- 視床下部障害:視床下部腫瘍(Barrot AC. Can Vet J. 2017.)、ラトケ嚢胞(DeMonaco SM. J Feline Med Surg. 2014.)、アメーバ性肉芽腫性髄膜脳炎(Brofman PJ. J Vet Intern Med. 2003.)、先天性水頭症(Shiel RE. J Am Anim Hosp Assoc. 2009.)
- フィラリア症
- 誤嚥性肺炎(Bowles KD. J Vet Intern Med. 2015.)
- 免疫介在性肝疾患(Kang MH. J Vet Med Sci. 2012.)
- ビンブラスチン過剰投与(Grant IA. J Small Anim Pract. 2010.)
その他
- 心因性多飲/水中毒(Toll J. J Vet Emerg Crit Care. 1999.)
- 塩分制限食(Hutchinson D. J Am Vet Med Assoc. 2012.)
- 甲状腺機能低下粘液水腫性昏睡(Atkinson K. Can Vet J. 2004.)
- 運動関連低Na血症(Hinchcliff KW. J Appl Physiol. 1997.)
- 有効循環血液量の減少:うっ血性心不全、重度の肝疾患、ネフローゼ症候群、末期の慢性腎臓病
高浸透圧性低Na血症
- 糖尿病:血清グルコース濃度が100 mg/dL上昇する毎にNaは1.6 mEq/L減少し、500 mg/dL以上ではより重篤になる。
- マンニトール
- 重度の高窒素血症
- エチレングリコール中毒(Dial SM. Am J Vet Res. 1994.、Connally HE. J Am Vet Med Assoc. 1996.)
- エタノール中毒(Tzamaloukas AH. Alcohol Clin Exp Res. 1986.)
- メタノール中毒(Hurd-Kuenzi LA. J Am Vet Med Assoc. 1983.)
- プロピレングリコール中毒(Claus MA. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2011.)
- ペイントボール中毒(King JB. J Vet Emerg Crit Care. 2007.)
- 活性炭(Burkitt JM. J Vet Intern Med. 2005.)
低浸透圧性低Na血症
腎臓からの喪失
- 副腎皮質機能亢進症
- 利尿薬
- 近位尿細管性アシドーシス(Thompson MF. Aust Vet J. 2013.)
- 塩類喪失性腎症
消化管からの喪失(嘔吐、下痢)
- 膵炎(Hess RS. J Am Vet Med Assoc. 1998.)
- パルボウイルス腸炎(Nappert G. Can J Vet Res. 2002.)
- 消化管異物(Boag AK. J Vet Intern Med. 2005.)
サードスペースへの喪失
- 膵炎(Hess RS. J Am Vet Med Assoc. 1998.)
- 腹膜炎
- 尿腹
- その他の腹腔内液体貯留(Bissett SA. J Am Vet Med Assoc. 2001.)
- 胸水
- 心嚢水貯留(de Laforcade AM. J Vet Intern Med. 2005.)
- 子宮内液体貯留(Ridyard AE. J Feline Med Surg. 2000.、Stanley SW. Can Vet J. 2008.)
- 乳び胸(Willard MD. J Am Vet Med Assoc. 1991.)
その他
- 皮膚からの喪失:火傷
- 不顕性の慢性出血
- 中枢性塩喪失症候群(CSW)
その他
- 敗血症/全身性炎症反応症候群(Declue AE. J Am Vet Med Assoc. 2011.)
- バベシア症(Adaszek Ł. Berl Munch Tierarztl Wochenschr. 2012.)
- トキソプラズマ症(Little L. Vet Clin Pathol. 2005.)
低Na血症+高K血症となる疾患の鑑別
- 副腎皮質機能低下症
- 糖尿病(Bell R. Vet Clin Pathol. 2005.)
- 鞭虫症(Graves TK. J Vet Intern Med. 1994.)
- 乳び胸(Willard MD. J Am Vet Med Assoc. 1991.)
- 妊娠(Schaer M. J Am Vet Med Assoc. 2001.)
- 尿道閉塞(Finco DR. Am J Vet Res. 1977.)
- 腹腔内液体貯留(Bissett SA. J Am Vet Med Assoc. 2001.)
- 子宮内液体貯留(Ridyard AE. J Feline Med Surg. 2000.、Stanley SW. Can Vet J. 2008.)
- ステロイド合成阻害薬
低Na血症の害
120 mEq/L以下または急速に起こった低Na血症では、浸透圧性の神経細胞浮腫が引き起こされる。
虚弱、食欲不振、嘔吐、元気消失、筋線維束性攣縮、鈍麻、見当識障害、発作、昏睡などの臨床症状が認められる。
低Na血症が緩徐に起こった場合は細胞内からKと有機酸を排出して浸透圧の差を調節する。
低Na血症の治療
130 mEq/L以上の軽度低Na血症では乳酸リンゲル液またはリンゲル液を、
130 mEq/Lの重度低Na血症では生理食塩水を使用する。
神経症状を示す、または120 mEq/L以下の症例では、125 mEq/Lを越えるまでは6-8時間かけて緩徐に補正するべきである。
慢性的に持続していた低浸透圧性低Na血症を急激に補正すると脳浮腫が引き起こされる(Sterns RH. N Engl J Med. 2015.)。急激に起こった低Na血症は急激に補正しても良い。
電解質補正は中枢神経症状や血液検査のモニタリングを行いながら24-48時間かけて1.0 mEq/L/h以下の補正速度で行う
補正の合併症には髄鞘融解による麻痺、運動失調、嚥下障害、鈍麻などがあり、治療後数日に起こることもある。
Cl(クロール)
Clは細胞外液の総陰イオンの2/3を占める。
陰イオンバランスを主に調整しているのはClではなく重炭酸イオンである。
ClはNaと比例して増減することが多いが、Clは血液の酸塩基平衡にも影響を受けるためNaと完全には一致しない。
高Cl血症
高Cl性代謝性アシドーシス(近位尿細管での重炭酸緩衝生成不全やプロトン排泄不全、重篤な下痢による膵液中重炭酸イオンの腸管内再吸収不全、高Cl輸液)と関連するものが多い。
高Na血症に比例した高Cl血症
高Na血症の章を参照
偽高Cl血症
・臭化カリウム投与(Rossmeisl JH Jr. Vet Clin Pathol. 2006.)
・高脂血症(Graber ML. Ann Intern Med. 1983.)
・溶血(Bernardini D. Vet Res Commun. 2009.)
・低アルブミン血症(ヒト)
高Na血症に比例しない高Cl血症
Cl過剰摂取
・等張食塩水と高張食塩水(Rose RJ.. J Vet Pharmacol Ther. 1979.)
・リンゲル液
・塩化カリウム
・Cl含有量の多い中心静脈栄養法
腎排泄不全
・近位尿細管アシドーシス(Thompson MF. Aust Vet J. 2013.、Watson AD. Vet Rec. 1986.)
・腎不全(DiBartola SP. J Am Vet Med Assoc. 1987.)
・バベシア症(Leisewitz AL. J Vet Intern Med. 2001.)
・アセタゾラミド投与(Haskins SC. J Am Vet Med Assoc. 1981.)
・運動誘発性呼吸性アルカローシスの代償反応(Huntingford JL. Open J Vet Med. 2014.)
高Cl血症の治療
高Na血症に伴う高Cl血症の場合は高Na血症の治療を行う。
高Cl性代謝性アシドーシスの場合は、ほとんどの症例は乳酸リンゲル液や酢酸リンゲル液など重炭酸へと代謝される有機酸を含む維持輸液で十分である。
重炭酸ナトリウムの投与を考慮するのはpH < 7.15 かつ HCO3− < 12 mEq/L の重度の代謝性アシドーシスからである。
低Cl血症
代謝性アルカローシスと関連するものが多い。
低Na血症に比例した低Cl血症
低Na血症の章を参照
偽低Cl血症
・高脂血症
・高蛋白血症
低Na血症を伴わない低Cl血症
消化管からの喪失(嘔吐、下痢)
・慢性肥大性幽門胃病(Bellenger CR. Aust Vet J. 1990.)
・消化管異物(Boag AK. J Vet Intern Med. 2005.)
・腸重積(Koike T. Jpn J Vet Res. 1981.)
・腸捻転(Spevakow AB. Can Vet J. 2010.)
・胆嚢疾患(Aguirre AL. J Am Vet Med Assoc. 2007.)
・蛋白漏出性腸症(Peterson PB. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2003.)
・膵石症(Plesman RL. J Am Vet Med Assoc. 2014.)
腎臓からの喪失
・ループ利尿薬(Peddle GD. J Vet Cardiol. 2012.)
・チアジド系利尿薬
・ステロイド(Corrigan AM. Am J Vet Res. 2010.)
・副腎皮質機能亢進症(Ling GV. J Am Vet Med Assoc. 1979.)
・アルドステロン症(Valentin SY. J Vet Intern Med. 2014.)
・重度慢性腎臓病
・糖尿病性ケトアシドーシス(Zeugswetter FK. J Small Anim Pract. 2012.)
・高血糖高浸透圧症候群(Koenig A. J Vet Emerg Crit Care. 2004.)
・バベシア症(Adaszek L. Berl Munch Tierarztl Wochenschr. 2012.)
その他
・慢性呼吸性アシドーシスの代償反応(Schwartz WB. J Clin Invest. 1965.)
・重炭酸ナトリウムの投与:Cl非含有Na塩溶液による純粋な希釈に加えて重炭酸イオン増加によるCl排泄促進
低Cl血症の害
消化管や腎臓からの喪失により低Na血症を伴わない低Cl血症となる病態では、重炭酸イオンの再吸収が促進され代謝性アルカローシスを引き起こす。
代謝性アルカローシスは発作や筋肉の痙攣を引き起こす。
低Cl血症の治療
生理食塩水の輸液療法を行う。
代謝性アルカローシスの動物は低K血症を伴うため、生理食塩水にKClを追加投与する(下図参照)。