【獣医師が解説】犬の免疫系の病気8選|症状・原因から治療・対策法まで詳しく紹介

犬も人間と同じように、免疫機能が正常に働かなくなると様々な病気にかかりやすくなります。一度発症すると、生涯にわたる治療が必要になることも少なくありません。愛犬が病気にかかりにくい健康な体を維持できるよう、飼い主として免疫力について正しく理解しておくことが大切です。

この記事では、犬の免疫系に関連する代表的な病気8つについて、その症状や特徴、原因、そして治療法を詳しく解説します。

犬の免疫系の病気1. 「アナフィラキシー」

病名 アナフィラキシー
症状 呼吸困難、嘔吐、意識障害、低血圧など
原因 ワクチンや食物、蜂毒など

どんな病気?

「アナフィラキシー」とは、特定の原因物質(アレルゲン)が体内に侵入することで、免疫系が過剰に反応し、全身に激しい症状を引き起こすアレルギー反応です。短時間で重篤な状態に陥りやすく、血圧低下や意識障害を伴う「アナフィラキシーショック」は、命に関わる非常に危険な状態です。

症状や特徴

アナフィラキシーは、原因物質に接触後、数分から数十分という極めて短い時間で症状が現れるのが特徴です。以下のような症状が見られた場合は、緊急で動物病院を受診する必要があります。

  • 顔や口周りの腫れ
  • 全身の痒み、じんましん
  • 激しい嘔吐や下痢
  • 呼吸困難、ゼーゼーという呼吸音
  • ぐったりして動かない、意識が朦朧とする
  • 血圧低下による虚脱(倒れる)

発症原因

アナフィラキシーの原因は多岐にわたりますが、主に以下のようなものが知られています。

  • 薬剤: ワクチン、抗生物質、麻酔薬など
  • 食物: 特定のタンパク質などに対する食物アレルギー
  • 虫刺され: 蜂やアリなどの毒
  • 輸血: 血液型不適合など

原因物質に接触する回数が増えるほど、アナフィラキシーを発症するリスクが高まる傾向があります。

治療法

アナフィラキシーは一刻を争うため、迅速な治療が不可欠です。動物病院では、まずショック状態を改善するためにアドレナリン(エピネフリン)の注射や点滴を行います。その後、症状に応じてステロイド剤や抗ヒスタミン剤を投与し、免疫の過剰反応を抑える治療を継続します。

犬の免疫系の病気2. 「甲状腺機能低下症」

病名 甲状腺機能低下症
症状 脱毛、むくみ、皮膚疾患、軽度肥満、神経症状など
原因 自己免疫による甲状腺の破壊

どんな病気?

「甲状腺機能低下症」は、全身の代謝を活発にする「甲状腺ホルモン」の分泌が不足することで、体の様々な機能が低下してしまう病気です。甲状腺はのどにある小さな器官で、犬では中高齢での発症が多く見られます。

症状や特徴

甲状腺ホルモンは全身に作用するため、症状はゆっくりと多岐にわたって現れます。

  • 元気消失: 活発さがなくなり、寝てばかりいる
  • 体重増加: 食事量は変わらないのに太りやすくなる
  • 皮膚・被毛の異常: 左右対称性の脱毛(特に胴体や尻尾)、フケ、皮膚の黒ずみ
  • 低体温: 寒さに弱くなり、暖かい場所を好む
  • 悲しげな顔つき: 顔のむくみ(粘液水腫)により、悲しそうな表情に見える
  • その他: ふらつき、顔面神経麻痺、便秘など

発症原因

犬の甲状腺機能低下症の約95%は、免疫システムが自身の甲状腺組織を異物と誤認して攻撃・破壊してしまう「自己免疫疾患(リンパ球性甲状腺炎)」が原因とされています。遺伝的な要因も指摘されており、以下の犬種は好発犬種として知られています。

  • ゴールデン・レトリバー
  • ドーベルマン
  • ビーグル
  • 柴犬

治療法

甲状腺機能低下症の治療は、不足している甲状腺ホルモンを製剤(レボチロキシンナトリウム)で補う「ホルモン補充療法」が基本となります。投薬は生涯にわたって続ける必要がありますが、適切にコントロールすることで、症状は劇的に改善します。定期的に血液検査を行い、投薬量が適切かどうかを獣医師と確認していくことが重要です。

犬の免疫系の病気3. 「クッシング症候群」

病名 クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)
症状 多飲多尿、多食、腹部膨満、脱毛、皮膚の石灰沈着など
原因 副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の過剰分泌

どんな病気?

「クッシング症候群」は、正式には「副腎皮質機能亢進症」と呼ばれ、生命維持に重要なホルモンである「コルチゾール」が副腎から過剰に分泌されることで発症する病気です。高齢の犬に多く見られます。

症状や特徴

コルチゾールの過剰分泌は、体に様々な影響を及ぼします。

  • 多飲多尿: 大量の水を飲み、おしっこの量や回数が増える
  • 多食: 食欲が異常に旺盛になるが、筋肉が落ちて痩せて見えることもある
  • 腹部膨満: お腹が垂れ下がって、ぽっこりと膨らむ
  • 皮膚・被毛の異常: 左右対称性の脱毛、皮膚が薄くなる、皮膚の石灰沈着
  • その他: 息が荒い(パンティング)、筋力の低下、糖尿病の併発

発症原因

クッシング症候群の原因は、主に2つに分けられます。

  • 下垂体性: 脳の下垂体にできた腫瘍が原因で、副腎にコルチゾールを出すよう過剰に命令するもの。全体の約85%を占めます。
  • 副腎性: 副腎自体に腫瘍ができ、コルチゾールを過剰に分泌するもの。

また、アレルギーや他の自己免疫疾患の治療でステロイド剤を長期的に使用した場合に起こる「医原性クッシング症候群」もあります。

治療法

治療は原因によって異なります。下垂体性の場合は、副腎からのコルチゾール分泌を抑制する内服薬(トリロスタンなど)による内科治療が一般的です。副腎腫瘍の場合は、手術による腫瘍の摘出が検討されますが、内科治療が選択されることもあります。医原性の場合は、原因となっているステロイド剤を獣医師の指示のもと、慎重に減量・中止します。

犬の免疫系の病気4. 「糖尿病」

病名 糖尿病
症状 多飲多尿、多食、体重減少
原因 遺伝的要因、肥満、膵炎など

どんな病気?

犬の「糖尿病」は、血糖値を下げる唯一のホルモンである「インスリン」の作用が不足し、血液中の糖分濃度(血糖値)が高い状態が続く病気です。犬の糖尿病は、膵臓からインスリンがほとんど分泌されなくなる「Ⅰ型糖尿病」が大多数を占めます。

症状や特徴

糖尿病の代表的な症状は以下の通りです。

  • 多飲多尿: 大量の水を飲み、おしっこの量が増える
  • 多食: 食べているのに痩せていく
  • 体重減少: エネルギー源である糖をうまく利用できないため

病気が進行すると、血液が酸性に傾く「糖尿病性ケトアシドーシス」という危険な状態に陥り、嘔吐や脱水、意識障害を引き起こし命に関わります。また、合併症として急速に進行する「白内障」が非常に多く見られます。

vet所属獣医師先生

糖尿病になると免疫力が低下するため、膀胱炎や皮膚炎などの感染症にかかりやすくなるので注意が必要です。

発症原因

糖尿病の明確な原因は不明な点も多いですが、複数の要因が関与していると考えられています。

  • 遺伝的素因: トイ・プードル、ミニチュア・シュナウザー、サモエドなどで好発傾向があります。
  • 自己免疫: 免疫異常によりインスリンを分泌する膵臓の細胞が破壊される。
  • その他: 肥満、膵炎、他のホルモン疾患(クッシング症候群など)、未避妊のメス犬(発情周期に関連して)もリスク因子となります。

治療法

犬の糖尿病治療は、「インスリン投与」「食事療法」「運動療法」の3つが柱となります。不足しているインスリンを注射で補う治療が生涯にわたって必要となり、多くの場合、飼い主さんが自宅で毎日注射を行います。食事は、血糖値の急激な上昇を抑えるための高繊維・低脂肪の療法食が推奨されます。獣医師の指導のもと、適切な治療を継続することが重要です。

犬の免疫系の病気5. 「低血糖症」

病名 低血糖症
症状 元気の低下、ふるえ、けいれん、昏睡など
原因 長時間の空腹(子犬)、腫瘍、ホルモンバランスの異常など

どんな病気?

「低血糖症」は、特定の病名ではなく、何らかの原因によって血液中の糖分濃度(血糖値)が異常に低下してしまう状態を指します。脳はブドウ糖を唯一のエネルギー源としているため、低血糖は神経症状を引き起こし、命に関わる危険な状態です。

症状や特徴

血糖値の低下度合いによって症状は異なりますが、以下のような症状が見られます。

  • 元気消失、ぐったりする
  • 体のふるえ、ふらつき
  • よだれ、嘔吐
  • けいれん発作
  • 意識を失い昏睡状態に陥る

特に子犬や小型犬でこれらの症状が見られた場合は、緊急の対応が必要です。

発症原因

低血糖症の原因は、年齢によっても異なります。

  • 子犬の場合: 体が小さく、肝臓に糖を蓄える能力が低いため、長時間の空腹や消化器疾患(寄生虫、ウイルス感染など)、寒さなどが原因で発症しやすいです。
  • 成犬の場合: インスリンを過剰に分泌する膵臓の腫瘍(インスリノーマ)やアジソン病、重度の肝臓病、敗血症など、基礎疾患の症状として現れることが多いです。

また、猟犬などが激しい運動後に発症する「猟犬低血糖症」もあります。

治療法

応急処置として、意識がある場合はブドウ糖や砂糖水、ガムシロップなどを歯茎に塗りつけて吸収させます。ただし、これは一時的な処置であり、直ちに動物病院を受診する必要があります。病院では、ブドウ糖の静脈投与を行い、血糖値を安定させます。同時に、低血糖症を引き起こしている根本的な原因を特定し、その治療を行います。

犬の免疫系の病気6. 「アジソン病」

病名 アジソン病(副腎皮質機能低下症)
症状 食欲低下、嘔吐、下痢、元気消失
原因 副腎皮質からのホルモン分泌不全

どんな病気?

「アジソン病」は、正式には「副腎皮質機能低下症」と呼ばれ、クッシング症候群とは逆に、副腎皮質から分泌されるホルモン(コルチゾールとアルドステロン)が不足することで起こる病気です。症状が他の病気と似ているため、「偉大なる偽装者」とも呼ばれます。

症状や特徴

アジソン病の症状は、ゆっくり進行する「慢性型」と、急激に悪化する「急性型(アジソンクリーゼ)」があります。

  • 慢性的症状: 元気がない、食欲不振、体重減少、嘔吐や下痢といった症状が、良くなったり悪くなったりを繰り返します。
  • 急性的症状(アジソンクリーゼ): 強いストレスがかかった時などに突然発症し、虚脱(ショック)、著しい脱水、低体温など、命に関わる非常に危険な状態に陥ります。

発症原因

原因として最も多いのは、免疫システムの異常が自身の副腎皮質を攻撃・破壊してしまう自己免疫疾患です。その他、クッシング症候群の治療薬の影響や、ステロイド治療を急に中断した場合に起こる「医原性」のアジソン病もあります。

治療法

アジソン病の治療は、不足している副腎皮質ホルモンを内服薬で補充することが基本となり、生涯にわたる投薬が必要です。急性のアジソンクリーゼに陥った場合は、緊急入院が必要となり、点滴によるショック状態の改善とホルモンの補充が行われます。適切に管理すれば、通常の生活を送ることが可能です。

犬の免疫系の病気7. 「全身性エリテマトーデス」

病名 全身性エリテマトーデス(SLE)
症状 元気消失、食欲不振、発熱、関節炎、皮膚症状など
原因 遺伝的要因、ウイルス感染などが考えられる自己免疫疾患

どんな病気?

「全身性エリテマトーデス(SLE)」は、免疫系が自身の体の様々な細胞の核を「敵」と見なして攻撃してしまう、代表的な自己免疫疾患(膠原病)の一種です。その名の通り、皮膚、関節、腎臓、血液など、全身のあらゆる場所に症状が現れる可能性があります。

症状や特徴

全身性エリテマトーデスの症状は非常に多彩で、個体によって大きく異なります。

  • 全身症状: 発熱、元気消失、食欲不振
  • 関節炎: 足を引きずる、関節の腫れや痛み(多発性関節炎)
  • 皮膚症状: 鼻や耳、口の周りの脱毛、赤み、かさぶた、潰瘍
  • 腎臓の障害: タンパク尿、腎不全(ループス腎炎)
  • 血液の異常: 貧血(免疫介在性溶血性貧血)、血小板減少症

発症原因

全身性エリテマトーデスの正確な原因は解明されていませんが、遺伝的な素因に、紫外線、特定の薬剤、ウイルス感染などが引き金となって発症すると考えられています。

治療法

治療の目的は、異常な免疫反応を抑えることです。主に、副腎皮質ホルモン剤(ステロイド)やその他の免疫抑制剤が用いられます。症状が全身に及ぶため、治療は長期間にわたることが多く、副作用に注意しながら慎重に投薬量を調整していく必要があります。また、紫外線が症状を悪化させることが知られているため、日中の散歩を避けるなどの対策も重要です。

犬の免疫系の病気8. 「免疫介在性溶血性貧血」

病名 免疫介在性溶血性貧血(IMHA)
症状 元気消失、疲れやすい、息切れ、歯茎が白い、黄疸
原因 免疫システムの異常による赤血球の破壊

どんな病気?

「免疫介在性溶血性貧血(IMHA)」は、免疫システムが自分の赤血球を異物と誤認して破壊してしまい、重度の貧血を引き起こす自己免疫疾患です。犬の貧血の原因として多く見られ、急速に進行し、死亡率も高い非常に危険な病気です。

症状や特徴

症状は、貧血と、赤血球が壊されること(溶血)によって現れます。

  • 貧血による症状: 元気・食欲の低下、散歩に行きたがらない、ふらつき、呼吸が速い、歯茎などの粘膜が白くなる
  • 溶血による症状: 皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)、赤ワイン色やオレンジ色の尿が出る(血色素尿)

また、破壊された赤血球が血栓(血の塊)を作り、肺や脳の血管を詰まらせる「血栓塞栓症」という重篤な合併症を引き起こすこともあります。

発症原因

明らかな原因が特定できない「特発性」がほとんどです。しかし、一部では感染症、腫瘍、ワクチン接種、薬剤などが引き金となって発症する「続発性」のケースもあります。

治療法

治療の中心は、赤血球への攻撃を止めるための免疫抑制療法です。高用量のステロイド剤や、その他の免疫抑制剤を組み合わせて使用します。貧血が極度に進行している場合は、命を繋ぐために輸血が行われます。血栓症の予防のために、抗凝固薬を併用することも重要です。治療には迅速な対応と集中管理が必要となります。

愛犬の免疫力をサポートする日常生活のポイント

今回ご紹介した免疫系の病気は、いつどの犬が発症してもおかしくありません。免疫は複雑なシステムであり、飼い主が完全にコントロールすることは困難です。しかし、日頃から愛犬の健康をサポートする基本的なケアを心掛けることが、病気のリスクを減らす第一歩となります。

  • バランスの取れた食事: 愛犬の年齢や状態に合った、質の良い総合栄養食を与えましょう。
  • 適度な運動: 毎日の散歩や遊びは、体力維持とストレス解消に繋がります。
  • ストレスの少ない環境: 安心して過ごせる環境を整え、過度なストレスを与えないようにしましょう。
  • 定期的な健康診断: 病気の多くは、早期発見・早期治療が鍵となります。年に1〜2回は獣医師による健康チェックを受けましょう。

日々の生活の中で「当たり前」のケアを丁寧に行うことが、愛犬を様々な病気から守り、健やかな毎日を過ごすために最も大切なことです。

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