はじめに
高脂血症とは高トリグリセリド血症または高コレステロール血症の総称である。
臨床的には12時間以上の絶食状態において血液検査上高脂血症が認められる場合を高脂血症とする。
遠心分離後の採血管で肉眼で確認できる脂肪血漿は200-300 mg/dL以上の中程度から重度高トリグリセリド血症である。
HDLやLDLは光を屈折させるほど大きくはないため、純粋な高コレステロール血症では脂肪血漿を肉眼で確認できない。
1000 mg/dL以上の高トリグリセリド血症または800 mg/dL以上の高コレステロール血症は治療対象となる。
高脂血症の鑑別(Xenoulis PG. Vet J. 2010.から改変)
※特に断りがないものは高トリグリセリド血症または/かつ高コレステロール血症の原因と成り得る。
生理的変化
- 食後高トリグリセリド症:食後2-6時間がピークであり、元の値に戻るまで8-16時間かかる(Watson TDG. J Small Anim Pract. 1993.)。軽度の高トリグリセリド血症が認められるが、基本的に高コレステロール血症は認められない。余談だが、単胃動物以外(反芻獣など)では起こらない。
- 高脂肪食による高脂血症:こちらは高コレステロール血症も認められる(Downs LG. Res Vet Sci. 1997.)
薬剤性高脂血症
- グルココルチコイド:軽度から中程度の高脂血症
- フェノバルビタール(主に犬):中程度から重度の高トリグリセリド血症。30%以下の症例で認められる(Kluger EK. J Am Vet Med Assoc. 2008.)
- 酢酸メゲステロール(主に猫)
- グリセオール:測定機器のエラーによりトリグリセリド値を偽高値にする。
続発性高脂血症
- 肥満(Diez M. J Anim Physiology Anim Nutrition. 2004.、Jeusette IC. Am J Vet Res. 2005.)
- 糖尿病:50%以上の症例で認められる(Wilson DE. Diabetes. 1986.)
- 甲状腺機能低下症:88%の症例で高トリグリセリド血症が、78%の症例で高コレステロール血症が認められる(Dixon RM. Vet Rec. 1999.)
- 副腎皮質機能亢進症:90%の症例で高コレステロール血症±高トリグリセリド血症が認められる(Huang HP. J Am Anim Hosp Assoc. 1999.)
- 膵炎(主に犬):30%以下の症例で軽度の高脂血症が認められる(Xenoulis PG. J Vet Intern Med. 2020.)
- ネフローゼ症候群:軽度の高コレステロール血症が認められる(Cook AK. J Am Anim Hosp Assoc. 1996.)
- 胆汁うっ滞:通常は軽度の高脂血症(Danielsson B. Clin Chim Acta. 1977.)
- 肝不全:通常は軽度の高脂血症
- リンパ腫:高トリグリセリド血症±高コレステロール血症(Ogilvie GK. J Vet Intern Med. 1994.)
- リーシュマニア症:通常は軽度の高脂血症(Nieto CG. Vet Parasitol. 1992.)
- パルボウイルス腸炎:通常は軽度の高トリグリセリド血症(Yilmaz Z. J Small Anim Pract. 2007.)
- 拡張型心筋症:40%以下の症例で軽度の高トリグリセリド血症または中程度から重度の高コレステロール血症が認められる(Tidholm A. J Am Anim Hosp Assoc. 1997.)
原発性高脂血症
- 日本やアメリカのミニチュアシュナウザー:高VLDL血症による軽度から重度の高トリグリセリド血症±軽度から中程度の高コレステロール血症が30%以上の症例で認められる。年齢と共に発症率が上がる。ヨーロッパでは少ないと噂されている(Mori N. Res Vet Sci. 2010.、Xenoulis PG. J Vet Intern Med. 2007.)。
- 日本のビーグル:通常は軽度から中程度の高脂血症(Wada M. Life Sci. 1977.)
- 日本やアメリカのシェットランドシープドッグ:高LDL血症による重度の高コレステロール血症±軽度の高トリグリセリド血症が40%以上の症例で認められる(Sato K. J Vet Med Sci. 2000.、Aguirre AL. J Am Vet Med Assoc. 2007.)。
- ドーベルマンピンシャー:通常は高LDL血症による軽度の高コレステロール血症(Armstrong PJ. Current Veterinary Therapy X. 1989.)
- ロットワイラー:通常は高LDL血症による軽度の高コレステロール血症(Armstrong PJ. Current Veterinary Therapy X. 1989.)
- イギリスのブリアード:高コレステロール血症(Watson P. Res Vet Sci. 1993.)
- ブリタニー・スパニエルの加齢性リポプロテインリパーゼ機能不全症:高トリグリセリド血症(Hubert B. Companion Anim Pract. 1987.)
- イギリスの特定の家系のラフコーテッドコリー:高コレステロール血症(Jeusette I. J Small Anim Pract. 2004.)
- ピレニーマウンテンドッグ:通常は軽度の高コレステロール血症
- 犬の遺伝性リポプロテインリパーゼ機能不全症(原発性高カイロミクロン血症):高トリグリセリド血症かつ血中コレステロール濃度正常(Baum D. Proc Soc Exp Biol Med. 1969.)
- 猫の遺伝性高カイロミクロン血症(リポプロテインリパーゼ機能不全症):軽度の高VLDL血症による高トリグリセリド血症(Ginzinger DG. J Clin Invest. 1996.)
- 猫の特発性高コレステロール血症
高脂血症の害(Xenoulis PG. Vet J. 2010.から改変)
高トリグリセリド血症の害(目安:1000 mg/dL以上)
- 臨床症状として嘔吐、下痢、腹部の不快感(Ford RB. Compendium on Continuing Education for the Practicing Veterinarian. 1996.)
- 膵炎(Xenoulis PG. J Vet Intern Med. 2011)
- 空胞性肝障害(Center SA. Strombeck’s Small Animal Gastroenterology. 1996.)
- 脂肪肝
- 胆嚢粘液嚢腫(Aguirre A. J Am Vet Med Assoc. 2007.)
- インスリン不耐性(Xenoulis PG. J Am Vet Med Assoc. 2011.)
- 眼疾患(網膜脂血症、高脂肪房水性ぶどう膜炎、脂肪性角膜症、黄色肉芽腫、角膜老人環)(Crispin SM. J Small Anim Pract. 1993.、Zafross MK. Vet Ophthalmol. 2007.)
- 中枢神経障害:発作、行動異常(Bodkin K. Canine Pract. 1992)
- 末梢神経障害(Vitale CL. J Vet Intern Med. 2007.)
- 脂肪腫
- 皮膚などの黄色腫
- 肝酵素上昇:400 mg/dL以上のミニチュアシュナウザーでは60%の症例でALPが、45%の症例でALTが上昇している(Xenoulis PG. J Am Vet Med Assoc. 2008.)。
高コレステロール血症の害
- 胆嚢粘液嚢腫(Aguirre A. J Am Vet Med Assoc. 2007.)
- アテローム硬化症(Kagawa Y. J Comp Pathol. 1998.)
- 皮膚などの黄色腫
- 末梢神経障害(Vitale CL. J Vet Intern Med. 2007.)
- 眼疾患(網膜脂血症、高脂肪房水性ぶどう膜炎、脂肪性角膜症、黄色肉芽腫、角膜老人環)(Crispin SM. J Small Anim Pract. 1993.、Zafross MK. Vet Ophthalmol. 2007.)
猫の高脂血症の害の特徴
- 高コレステロール血症:皮膚、肝臓、腎臓、心臓の黄色腫
- 高トリグリセリド血症:網膜脂血症
その他の高脂血症の害
- 糸球体傷害による蛋白尿
- 溶血
膵炎と高脂血症(Xenoulis PG. J Vet Intern Med. 2011と2020.)
高脂血症は膵炎のリスク因子となる一方で、膵炎は続発性高脂血症の原因となる。
ある研究では900 mg/dL以上の高トリグリセリド血症は膵炎の罹患率が5倍であったと報告している。
一方、膵炎と診断された犬の血中トリグリセリドおよびコレステロール濃度に関する研究では、膵炎の犬の71%(コントロールの約3倍)で軽度の高脂血症(18%で350 mg/dL未満の高トリグリセリド血症、24%で高コレステロール血症)が認められた(有意差なし)。
また、膵炎の症例ではリポ蛋白電気泳動で高LDL血症、低HDL血症、低トリグリセリドリッチリポタンパク血症が認められた。リポ蛋白電気泳動結果の膵炎に対する正確性は90%であった。※LDLとHDLはコレステロールリッチリポタンパク
以上より、重度の高トリグリセリド血症を伴う膵炎は、高トリグリセリド血症から続発した膵炎であり、高コレステロール血症や軽度の高トリグリセリド症を伴う膵炎は、膵炎から続発した高脂血症である可能性が高いと私は考える。
肝疾患と血中コレステロール濃度の上下
肝疾患ではその病態により高コレステロール血症にも低コレステロール血症にもなりえる。
肝炎の細胞浮腫などによる微小な胆道の閉塞では、胆汁うっ滞により胆汁の材料となるコレステロールの高値が認めらる(Rothuizen J. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2009.)。
一方、肝機能が低下した肝不全末期には低コレステロール血症が認められる(Chapman SE. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2013.)。
高脂血症による血液検査への影響(Jacobs RM. Can Vet J. 1992.)
偽高値を示す項目
- 抱合型ビリルビン
- リン
- ALT(犬)
- リパーゼ(犬)
- ALP(重度高脂肪血症の場合)
- グルコース(重度高脂肪血症の場合)
- 総蛋白質(屈折計)
偽低値を示す項目
- クレアチニン
- BUN(犬)
- コレステロール(犬)
- ALT(猫)
- 総CO2
低コレステロール血症の鑑別
- 蛋白漏出性腸症(Littman MP. J Vet Intern Med. 2000.)
- 門脈体循環シャント(Center SA. Semin Vet Med Surg (Small Anim). 1990.)
- 悪液質:低トリグリセリド血症も伴う
- 副腎皮質機能低下症(Willard MD. J Vet Intern Med. 2000.)
- 検査エラー:ビリルビンとアスコルビン酸はコレステロール値を偽低値にする(Young DS. Clin Chem. 1975.)